長短経 / 時宜
此異勢者也。〔茍悦曰、「宋義待秦、趙之弊與卞莊刺虎事同而勢異、何也?施之戰國之時、隣國相攻、無臨時之急、則可也。戰國之立、其來乆矣、一戰之勝敗、未必以亡也。其勢非能急于亡敵國也。進則乗利、退則自保、故畜力待時、承弊然也。今楚、趙新起、其力與秦勢不並立、安危之機、呼吸成變、進則定功、退則受禍、此事同而勢異者也。」〕
新字:此異勢者也。〔苟悦曰、「宋義待秦、趙之弊与卞荘刺虎事同而勢異、何也?施之戦国之時、隣国相攻、無臨時之急、則可也。戦国之立、其来久矣、一戦之勝敗、未必以亡也。其勢非能急于亡敵国也。進則乗利、退則自保、故畜力待時、承弊然也。今楚、趙新起、其力与秦勢不並立、安危之機、呼吸成変、進則定功、退則受禍、此事同而勢異者也。」〕
書き下し
此れ勢いを異にする者なり。〔荀悦曰く「宋義の秦・趙の弊を待つは、卞荘の虎を刺す事と同じくして勢い異なるは、何ぞや。之を戦国の時に施し、隣国相攻めて、臨時の急無くんば、則ち可なり。戦国の立つや、其の来たること久し。一戦の勝敗も、未だ必ずしも以て亡びず。其の勢いは敵国を亡ぼすに急なること能わざるなり。進めば則ち利に乗じ、退けば則ち自ら保つ。故に力を畜え時を待ちて、弊を承くるは然り。今、楚・趙は新たに起こり、其の力は秦の勢いと並び立たず。安危の機、呼吸に変を成す。進めば則ち功を定め、退けば則ち禍を受く。此れ事同じくして勢い異なる者なり」と。〕
現代語訳
これが、勢いが異なるということである。〔荀悦は言う。「宋義が秦と趙の疲弊を待ったのは、卞荘子が虎を刺した話と同じなのに勢いが違ったのはなぜか。戦国時代に隣国同士が攻め合い、さし迫った危急がないときなら、それでよい。戦国の国々は成り立って久しく、一度の戦いの勝ち負けで必ずしも滅びはしない。その形勢は敵国を急いで滅ぼすほどではない。進めば利に乗じ、退けば自分を保つ。だから力を蓄えて時を待ち、疲れに乗じるのが正しかった。いま楚と趙は起ったばかりで、その力は秦の勢いと並び立たない。安危の分かれ目は一呼吸のうちに変わる。進めば功が定まり、退けば禍を受ける。これが、事柄は同じでも勢いが異なるということである」。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』時宜初め、諸侯の秦に叛くや、秦の将軍章邯、趙王を鉅鹿に囲む。楚の懐王、項羽・宋義等をして北のかた趙を救わしむ。安陽に至り〔今の相州安陽県なり〕、留まりて進まず。羽、義に謂いて曰く「今、秦軍鉅鹿を囲む。疾く兵を引きて河を渡り、楚は其の外を撃ち、趙は其の内に応ぜば、秦軍を破ること必せり」と。宋義曰く「然らず。夫れ牛を搏つの虻は、以て蝨を破るべからず〔虻は秦に喩え、蝨は章邯に喩う。今兵を将いて方に秦を滅ぼさんと欲す、力を尽くして章邯と即ち戦うべからざるを喩うなり〕。今、秦は趙を攻む。戦い勝てば則ち兵罷れ、我は其の弊を承けん。勝たずんば、則ち我は兵を引き鼓行して西し、必ず義を挙げん。故に秦・趙を闘わしむるに如かず。夫れ軽鋭を撃つは、我は公に如かず。坐して籌策を運らすは、公は我に如かず」と。
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『長短経』時宜七国の時、秦王、陳軫に謂いて曰く「韓・魏相攻めて、期年解けず。或るひとは之を救うを便と曰い、或るひとは救う勿きを便と曰う。寡人決すること能わず。請う、寡人の為に之を決せよ」と。軫曰く「昔、卞荘子方に虎を刺さんとす。管豎子之を止めて曰く『両虎方に牛を食わんとす。牛甘ければ必ず争い、争えば必ず闘う。闘えば則ち大なる者は傷つき、小なる者は死す。傷つくに従いて之を刺さば、一挙にして必ず両虎の名有らん』と。今、韓・魏相攻めて、期年解けず。必ず是れ大国は傷つき、小国は亡びん。傷つくに従いて之を伐たば、一挙にして必ず両実有らん。此れ卞荘の虎を刺すの類なり」と。恵王曰く「善し」と。果たして其の言の如し。
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『長短経』時宜此れ情と形と勢との異なる者なり。時に随いて変通し、一を執るべからず。〔諸葛亮曰く「范蠡は貴を去るを以て高しと為し、虞卿は相を捨つるを以て功と為す。太伯は三譲を以て仁と為し、燕噲は国を辞するを以て禍と為す。堯・舜は位を禅るを以て聖と為し、孝哀は賢に授くるを以て愚と為す。武王は殷を取るを以て義と為し、王莽は漢を奪うを以て簒と為す。桓公は管仲を以て伯たり、秦王は趙高を以て国を喪う。此れ皆趣を同じくして事を異にするを以てなり。明なる者は以て治を興し、暗き者は以て乱を辱くするなり」と。〕
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『長短経』時宜夫れ事に趨同じくして勢い異なる者有り。事の詭なるに非ず、時の変なるのみ。何を以て其の然るを明らかにせん。昔、秦の末、陳渉蘄に起こり、民陳に至る。陳の豪傑、渉に説きて曰く「将軍は堅を披り鋭を執り、士卒を帥いて以て暴秦を誅し、復た楚の社稷を立つ。功徳宜しく王たるべし」と。陳渉、陳餘・張耳の両人に問う。両人対えて曰く「将軍は目を瞋らせ胆を張り、万死を出でて一生を顧みざるの計にして、天下の為に残賊を除く。今、始めて陳に至りて之に王たるは、天下に示すに私を以てす。願わくは将軍王たること無く、急ぎ兵を引きて進み、人を遣わして六国の後を立て、自ら為に党を樹てよ。此くの如くんば、野に交兵無く、暴秦を誅し、咸陽に拠りて、以て諸侯に令せば、則ち帝業成らん。今、独り陳に王たらば、恐らくは天下解けん」と。
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『長短経』時宜〔荀悦曰く「夫れ策を立て勝ちを決するの術は、其の要に三有り。一に曰く形、二に曰く勢、三に曰く情。形なる者は、其の大体得失の数を言うなり。勢なる者は、其の時に臨むの勢い、進退の機を言うなり。情なる者は、其の心志可否の実を言うなり。故に策は事を同じくする者も、三術同じからざるなり。初め、張耳は陳渉に説くに六国の後を復して、自ら為に党を樹つるを以てす。酈生も亦た此の説を用いて漢王に説く。説く所以の者は事同じくして、得失異なるは、何ぞや。陳渉の起こるに当たりてや、天下皆秦を亡ぼさんと欲す。而して楚漢の分は未だ定まる所有らず、今天下は未だ必ずしも項を亡ぼさんと欲せず。且つ項羽の力は能く六国を率従す。秦の勢いの如くならば、則ち能わざるなり。故に六国を陳渉に立つるは、所謂己の党を多くして、秦の弊を益すなり。且つ陳渉は未だ天下の土を専らにすること能わず。所謂其の有に非ざるを取りて、以て人に徳とし、虚恵を行いて実福を収むるなり。六国を漢王に立つるは、所謂己の有を割きて、以て敵に資し、虚名を設けて実禍を受くるなり。此れ事同じくして形を異にする者なり」と。〕
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『長短経』時宜羽曰く「将に力を戮せて秦を攻めんとするに、久しく留まりて行かず。今歳は饑え民は貧しく、士卒は半菽〔士卒は蔬菜を食い、菽を以て之に雑うること半ばなり〕、軍に見糧無し。乃ち飲酒高会して、兵を引きて河を渡り、趙の食に因りて、与に力を并せて秦を撃たず。乃ち曰く『其の弊を承けん』と。夫れ秦の強きを以て、新造の趙を攻めば、其の勢い必ず趙を挙げん。趙挙がりて秦強ければ、何の弊か之れ承けん。且つ国兵新たに破れ、王は席に安んぜず、境内を埽いて将軍に属す。国家の安危は此の一挙に在り。今、士卒を恤えずして私に狥うは、社稷の臣に非ざるなり」と。即ち夜、義の帳中に入りて義を斬る。悉く兵もて河を渡り、舟を沈め釡を破り、士卒に必死にして還る心無きを示し、大いに秦軍を破る。