長短経 / 時宜
漢王曰、「何哉?」良因發八難、其畧曰、「昔者、湯伐桀、封其後于杞者、度能制桀之死命也。今陛下能制項籍之死命乎?其不可一也。武王入殷、表商容之閭、釋箕子之囚、封比干之墓。今陛下能封聖人之墓、褒賢者之閭乎?其不可二也。發巨橋之粟、散鹿臺之財、以賑貧民。今陛下能散府庫以賜貧窮乎?其不可三也。殷事已畢、偃革為軒、倒載干戈、示天下不復用武。今陛下能偃武修文、不復用兵乎?其不可四也。
新字:漢王曰、「何哉?」良因発八難、其略曰、「昔者、湯伐桀、封其後于杞者、度能制桀之死命也。今陛下能制項籍之死命乎?其不可一也。武王入殷、表商容之閭、釈箕子之囚、封比干之墓。今陛下能封聖人之墓、褒賢者之閭乎?其不可二也。発巨橋之粟、散鹿台之財、以賑貧民。今陛下能散府庫以賜貧窮乎?其不可三也。殷事已畢、偃革為軒、倒載干戈、示天下不復用武。今陛下能偃武修文、不復用兵乎?其不可四也。
書き下し
漢王曰く「何ぞや」と。良因りて八難を発す。其の略に曰く「昔者、湯の桀を伐ちて其の後を杞に封ぜしは、能く桀の死命を制するを度ればなり。今、陛下能く項籍の死命を制せんか。其の不可なる一なり。武王殷に入り、商容の閭を表し、箕子の囚を釈き、比干の墓を封ず。今、陛下能く聖人の墓を封じ、賢者の閭を褒めんか。其の不可なる二なり。鉅橋の粟を発き、鹿台の財を散じて、以て貧民を賑わす。今、陛下能く府庫を散じて以て貧窮に賜わんか。其の不可なる三なり。殷の事已に畢わり、革を偃せて軒と為し、干戈を倒載して、天下に復た武を用いざるを示す。今、陛下能く武を偃せ文を修めて、復た兵を用いざらんか。其の不可なる四なり。
現代語訳
漢王が「なぜか」と問うと、張良は八つの難点を挙げた。そのあらましはこうである。「昔、湯王が桀を伐ってその子孫を杞に封じたのは、桀の生死を握っていると見定めていたからです。いま陛下は項籍の生死を握れますか。これがいけない理由の一つ目です。武王は殷に入ると、商容の住む里を表彰し、箕子を牢から出し、比干の墓に土を盛りました。いま陛下は聖人の墓に土を盛り、賢者の里を褒められますか。二つ目です。武王は鉅橋の倉の穀物を開き、鹿台の財を配って貧しい民を救いました。いま陛下は倉を開いて貧しい者に与えられますか。三つ目です。殷のことが終わると、戦車を普通の車に変え、武器を逆さに積んで、天下にもう武を用いないと示しました。いま陛下は武を収めて文を修め、もう兵を用いないでいられますか。四つ目です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問子墨子、公尚過を越に游ばしむ。公尚過、越王に説く。越王、大いに説び、公尚過に謂いて曰く、「先生、茍くも能く子墨子をして越に於いて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子墨子に封ぜん」と。公尚過、許諾す。遂に公尚過の為に車五十乗を束ね、以て子墨子を魯に迎えて曰く、「吾れ夫子の道を以て越王に説く。越王、大いに悦びて過に謂いて曰く、『茍くも能く子墨子をして越に至りて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子を封ぜん』と」。子墨子、公尚過に謂いて曰く、「子、越王の志を觀るに何若。意うに越王、将に吾が言を聴き、吾が道を用いんとせば、則ち翟、将に往かんとす。腹を量りて食い、身を度りて衣し、自ら羣臣に比せん。奚んぞ能く封を以て為さんや。抑そも越、吾が言を聴かず、吾が道を用いずして、我れ往かば、則ち是れ我れ義を以て糶るなり。之を糶るに鈞しくんば、亦た中國に於いてするのみ。何ぞ必ずしも越に於いてせんや」と。
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『墨子』備城門凡そ圍城を守るの法、厚くして以て髙く、壕や深くして以て廣く、樓撕・揗守の備え、繕い利し。薪食は以て三月以上に交うるに足り、人衆は以て選び、吏尺は和し、大臣の上に功勞有る者は多く、主は信にして義を以てし、萬民、之を樂しむこと窮まり無し。然らずんば、父母の墳墓、焉に在り。然らずんば、山林草澤の饒、利するに足る。然らずんば、地形の攻め難くして守り易きなり。然らずんば、則ち敵に深き怨み有りて上に大功有り。然らずんば、則ち賞、眀らかにして信ず可く、罰、嚴にして畏るるに足るなり。
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