長短経 / 懼戒
〔晉陽令劉文靜嘗竊觀太宗、謂裴寂曰、「非常人也。大度類于漢髙、神武同于魏帝。年雖少、乃天縱也。後文靜為李密親戚、被禁。太宗陰有異志、入禁所看之。文靜大喜、亦覺太宗有非常之意、因嘆曰、「天下大亂、非有湯、武、髙、光之才、不能定也。」太宗知其意、報曰、「卿安知無?但恐常人不能别耳。」文靜起忭曰、「久知郎君乃潛龍也。今時事如此、正是騰躍之秋。素禀膺籙之資、仍懐撥亂之道、此乃生人有息肩之望、文靜知攀附之所。」
新字:〔晋陽令劉文静嘗窃観太宗、謂裴寂曰、「非常人也。大度類于漢高、神武同于魏帝。年雖少、乃天縦也。後文静為李密親戚、被禁。太宗陰有異志、入禁所看之。文静大喜、亦覚太宗有非常之意、因嘆曰、「天下大乱、非有湯、武、高、光之才、不能定也。」太宗知其意、報曰、「卿安知無?但恐常人不能別耳。」文静起忭曰、「久知郎君乃潜竜也。今時事如此、正是騰躍之秋。素禀膺籙之資、仍懐撥乱之道、此乃生人有息肩之望、文静知攀附之所。」
書き下し
〔晋陽令劉文静、嘗て竊かに太宗を観て、裴寂に謂いて曰く「非常の人なり。大度は漢高に類し、神武は魏帝に同じ。年少しと雖も、乃ち天縦なり」と。後に文静、李密の親戚為るを以て、禁ぜらる。太宗陰かに異志有り、禁所に入りて之を看る。文静大いに喜び、亦た太宗に非常の意有るを覚り、因りて嘆じて曰く「天下大いに乱る。湯・武・高・光の才有るに非ずんば、定むること能わざるなり」と。太宗其の意を知りて、報じて曰く「卿安んぞ無きを知らん。但だ常人の別つこと能わざるを恐るるのみ」と。文静起ちて忭びて曰く「久しく知る、郎君は乃ち潜龍なり。今、時事此くの如し。正に是れ騰躍の秋なり。素より膺籙の資を禀け、仍お撥乱の道を懐く。此れ乃ち生人に息肩の望み有り。文静は攀附の所を知る」と。
現代語訳
〔晋陽令の劉文静はかつてひそかに李世民を見て、裴寂に言った。「並の人ではない。度量の大きさは漢の高祖に似て、神のような武勇は魏の武帝に等しい。若いが、天賦の才だ」。のちに劉文静は李密の親戚だったので投獄された。李世民はひそかに大志を抱いていたので、牢に入って劉文静を見舞った。劉文静は大いに喜び、李世民に非常の志があると感じ取って、嘆いて言った。「天下は大いに乱れている。湯王・武王・漢の高祖・光武帝のような才がなければ定められない」。李世民はその意を察して答えた。「あなたはどうしてそういう者がいないとわかるのか。ただ凡人には見分けられないのを恐れるだけだ」。劉文静は立ち上がって喜び、言った。「若君が淵に潜む龍であることは、ずっと前から知っていました。いま時勢はこのとおり、まさに飛び上がる時です。もともと天命を受ける資質を持ち、乱を治める道も心に抱いておられる。これで民は肩の荷を下ろせる望みが持てます。私はすがりつく先を知りました」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒太宗喜びて曰く「計将に安くにか出でんとする」と。文静対えて曰く「今、李密は長く洛邑を囲み、主上は淮南に流播す。大賊は州郡を連ね、小盗の山沢を阻む者、千万を以て数う。但だ須らく真主の馭駕して之を取るべし。誠に能く天に応じ人に順い、旗を挙げて大呼せば、則ち四海も定むるに足らず。今、并州の百姓の盗賊を避くる者、皆此の城に入る。文静は令為ること数年、其の豪傑を知る。一朝嘯集せば、立地に数万人なるべし。尊公の領する所の兵も復た且に数万ならんとす。一言口より出でば、誰か敢えて従わざらん。虚に乗じて関に入り、天下に号令せば、半歳に盈たずして、帝業成るべし」と。太宗笑いて曰く「卿の言善し、人の意に合う」と。
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『長短経』懼戒隋の煬帝初め唐の高祖を猜忌す。之を知りて、常に危懼を懐く〔唐公、太原留守と為る。煬帝遼東より還り、唐公を徴して行在所に詣らしむ。患いに遇いて瘳えず、未だ時に謁するを得ず。唐公の外甥王氏、後宮に充選せらる。煬帝問いて曰く「汝の舅の来たること何ぞ遅き」と。甥、実を以て対う。帝曰く「死を得べきや否や」と。高祖之を知り、毎に危懼を懐くなり〕。太原留守と為り、討撃利あらざるを以て、煬帝の譴むる所と為らんことを恐れ、甚だ之を憂う。時に太宗従いて軍中に在り、隋の将に亡びんとするを知り、潜かに義挙を図り、以て天下を安んぜんとす。乃ち進みて曰く「大人何ぞ之を憂うることの甚だしきや。当今、主上無道にして、百姓愁怨し、城門の外は皆已に賊と為る。独り小節を守らば、必ず且に旦暮に死亡せんとす。若し義兵を起こさば、実に人の欲に当たる。且つ晋陽は用武の地にして、食足り兵足る。大人之に居るは、此れ乃ち天授なり。正に機に因りて禍を転じ、以て功業に就くべし。既に天与うるに取らずんば、之を憂うるも何の益かあらん」と。
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『長短経』懼戒高祖大いに驚き、深く之を拒む。太宗趨りて出づ。明日復た進みて説きて曰く「此れ万全の策にして、以て滅族の事を救うなり。今、王綱弛紊し、盗賊天下に逼る。大人は命を受けて討捕す。其れ尽くすべけんや。賊既に尽きずんば、自ら当に罪を獲べし。且つ又た世に伝う、李氏の姓は図籙に膺ると。李全才は位望隆貴なるも、一朝にして族滅す。大人既に能く賊を平らぐるも、即ち又た功は賞せられざるに当たる。此を以て活を求むるも、其れ得べけんや」と。高祖の意少しく解けて曰く「我一夜思量するに、汝の言大いに道理有り。今日、家を破り身を滅ぼすも亦た汝に由り、家を化して国と為すも亦た汝に由る」と。是に於て計を定め、乃ち太宗と晋陽令劉文静、及び門下の客長孫順徳・劉弘基等とに命じて兵を募らしむ。旬日の間に、衆且に一万ならんとす。留守の副王威・高君雅を斬る。其の詭りて高祖に晋祠に雨を祈らんことを請い、将に不利を為さんとするが故なり。
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『長短経』懼戒是に於て賓客を部署し、陰かに起義を図る。高祖乃ち文静に命じて詐りて煬帝の勅を為り、太原・雁門・馬邑数郡の人二十已上、五十以下を発して悉く兵と為し、歳暮を以て涿郡に集めしむ。是に由りて人情大いに擾れ、乱を思う者益々衆し。又た文静と裴寂とに令して詐りて符勅を作り、官監の庫物を出だして、以て留守の資用に供す。因りて兵を募り衆を集めて起ち、旗幟を改めて以て義挙を彰らかにす。又た文静をして突厥に連ならしむ。突厥の始畢曰く「唐公義を挙ぐ、何を為さんと欲するや」と。文静曰く「文皇帝は冢嫡を廃し、位を後主に伝え、因りて斯の禍乱を致す。唐公は国の懿戚にして、成敗を坐観するに忍びず、当に立つべからざる者を廃せんと欲す。願わくは可汗の兵馬と同に京師に入らん。人衆・土地は唐公に入り、財帛・金宝は突厥に入らん」と。始畢大いに悦び、即ち兵を遣わして文静に随わしめて至る。兵威益々盛んなり。〕
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『長短経』懼戒周の大将軍郭栄、使いを奉じて隋の高祖に詣る〔高祖楊堅、時に定州たり〕。高祖、栄に謂いて曰く「吾は雅より山水を尚び、纓紱を好まず。過って時来たるに藉りて、遂に名位を叨る。願わくは時を以て第に帰り、以て余年を保たん。何如」と。栄対えて曰く「今、主上無道にして、人は危懼を懐く。天命常ならず、能なる者代わる有り。明公は徳は西伯より高く、望みは国華を極む。方に六合に拠りて、以て黎庶を慰めんとす。反りて童児女子の坑に投じ穽に落つるの言に效うや」と。高祖大いに驚きて曰く「妄言すること無かれ、族せられん」と。高祖の相と作るに及び、笑いて栄に謂いて曰く「前言果たして中たる」と。後に竟に周室に代わる。
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『長短経』懼戒関中は四塞にして、天府の国なり。衛文昇有りと雖も、意と為すに足らず。今、若し衆を率いて長安に入らば、天子還ると雖も、其の襟帯を失わん。険に拠りて之に臨まば、故より当に必ず克つべし。万全の策、計の中なり〔一本に云う、上の天下に君臨してより、胥怨む。明公は上将の子にして、恩は黎元に被る。長駆して関に入るは、中策なり〕。若し近きに随い便を逐いて、先ず東都に向かい、兵を堅城の下に頓めば、勝負俱に未だ知るべからず。此れ計の下なり〔一本に云う、樊子蓋は大体に達せず、姦謀雄断にして、全周の地に拠り、甲兵の強きを恃む。之を召すも則ち来たらず、之を攻むるも則ち陥らず。兵を牢城の下に頓め、外に同力の師無し。洛陽を攻むるは、此れ下策なり〕」と。玄感は洛陽の宝貨を利として曰く「公の下策は、我の上策なり」と。遂に之を囲む。玄感利を失い、宵に潰え、王師追いて之を斬る。