長短経 / 懼戒
闗中四塞、天府之國、有衛文昇、不足為意。今若率衆而入長安、天子雖還、失其襟帯據險臨之、故當必剋萬全之䇿、計之中也〔一本云、自上君臨天下胥怨。明公、上將之子、恩被黎元。長驅入闗、中䇿也。〕若隨近逐便、先向東都、頓兵堅城之下、勝負俱未可知、此計之下也〔一本云、樊子盖不達大體、姦謀雄㫁據全周之地、恃甲兵之强、召之則不來、攻之則不䧟頓兵牢城之下、外無同力之師。攻洛陽、此下䇿也。」〕𤣥感利洛陽寶貨、曰、「公之下䇿、我之上䇿也。」遂圍之。𤣥感失利、宵潰、王師追斬之。
新字:関中四塞、天府之国、有衛文昇、不足為意。今若率衆而入長安、天子雖還、失其襟帯拠険臨之、故当必剋万全之策、計之中也〔一本云、自上君臨天下胥怨。明公、上将之子、恩被黎元。長駆入関、中策也。〕若随近逐便、先向東都、頓兵堅城之下、勝負倶未可知、此計之下也〔一本云、樊子盖不達大体、姦謀雄㫁拠全周之地、恃甲兵之強、召之則不来、攻之則不陥頓兵牢城之下、外無同力之師。攻洛陽、此下策也。」〕玄感利洛陽宝貨、曰、「公之下策、我之上策也。」遂囲之。玄感失利、宵潰、王師追斬之。
書き下し
関中は四塞にして、天府の国なり。衛文昇有りと雖も、意と為すに足らず。今、若し衆を率いて長安に入らば、天子還ると雖も、其の襟帯を失わん。険に拠りて之に臨まば、故より当に必ず克つべし。万全の策、計の中なり〔一本に云う、上の天下に君臨してより、胥怨む。明公は上将の子にして、恩は黎元に被る。長駆して関に入るは、中策なり〕。若し近きに随い便を逐いて、先ず東都に向かい、兵を堅城の下に頓めば、勝負俱に未だ知るべからず。此れ計の下なり〔一本に云う、樊子蓋は大体に達せず、姦謀雄断にして、全周の地に拠り、甲兵の強きを恃む。之を召すも則ち来たらず、之を攻むるも則ち陥らず。兵を牢城の下に頓め、外に同力の師無し。洛陽を攻むるは、此れ下策なり〕」と。玄感は洛陽の宝貨を利として曰く「公の下策は、我の上策なり」と。遂に之を囲む。玄感利を失い、宵に潰え、王師追いて之を斬る。
現代語訳
関中は四方を要害に囲まれた天府の国で、衛文昇がいても気にするほどではありません。いま兵を率いて長安に入れば、天子が戻っても、襟と帯のような要地を失っています。要害に拠って臨めば必ず勝てます。これは万全の策で、中計です〔別の本に言う。主上が天下に君臨してから、皆が恨んでいる。明公は上将の子で、恩は民に及んでいる。長駆して関中に入るのが中策である〕。もし近くて便利なほうに従って先に東都洛陽へ向かい、堅い城の下に兵をとどめれば、勝負はどちらともわかりません。これが下計です〔別の本に言う。樊子蓋は大局に通じないが、悪知恵と決断力があり、周の旧地全体に拠り、兵の強さを頼みにしている。呼んでも来ず、攻めても落ちない。堅い城の下に兵をとどめ、外に力を合わせる軍もない。洛陽を攻めるのは下策である〕」。楊玄感は洛陽の財宝に目がくらみ、「あなたの下策は私の上策だ」と言って、ついに洛陽を囲んだ。楊玄感は不利になって夜に崩れ、官軍が追って斬った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒隋の煬帝、親ら六軍を御して高麗を伐つ。礼部尚書楚国公楊玄感、黎陽に拠りて反す。李密、玄感に説きて曰く「天子遠く遼左を征し、地は幽州を去ること懸隔千里。南に巨海の限り有り、北に胡戎の患い有り。中間の一道、路極めて艱危なり。今、公兵を擁し、其の不意に出で、長駆して薊に入り、直ちに其の喉を扼せば、前に高麗有り、退くに帰路無し。旬日に過ぎずして、資糧必ず尽きん。麾を挙げて一たび召さば、其の衆自ら降らん。戦わずして克つは、計の上なり〔一本に云う、今、車駕遼東に在りて、未だ斯の挙を聞かず。万余人を分かちて電発し、臨渝関に捍ぎ、其の帰路を絶たば、一月を経ずして、倉廩必ず竭きん。東は大敵を拒ぎ、西は我が師に迫られ、進むに依る所無く、退くに拠る所無し。百万の衆も、魚と為さしむべし。此れ戦わずして人を屈するの上策なり〕。
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『長短経』懼戒李密乃ち亡げて、翟譲に帰す。〔議に曰く、太公称す「天下を利する者は天下を取り、天下を安んずる者は天下を有ち、天下を愛する者は天下を久しくし、天下を仁する者は天下を化す」と。呂氏春秋に曰く「庖人は調和して敢えて食わず、故に以て庖人と為すべし。若し庖人をして調和して之を食わしめば、則ち庖と為すべからず。霸王の君も亦た然り。暴を誅して私せず、以て天下の賢者に封ず。故に以て霸王と為すべし。若し霸王の君をして暴を誅して之を私せしめば、則ち亦た以て霸王と為すべからず」と。是に由りて之を観れば、夫れ之に与うるを取ると為すは、政の宝なり。今、玄感は洛陽の宝貨を利とす。安んぞ霸王の事を得んや。〕
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『長短経』懼戒太宗喜びて曰く「計将に安くにか出でんとする」と。文静対えて曰く「今、李密は長く洛邑を囲み、主上は淮南に流播す。大賊は州郡を連ね、小盗の山沢を阻む者、千万を以て数う。但だ須らく真主の馭駕して之を取るべし。誠に能く天に応じ人に順い、旗を挙げて大呼せば、則ち四海も定むるに足らず。今、并州の百姓の盗賊を避くる者、皆此の城に入る。文静は令為ること数年、其の豪傑を知る。一朝嘯集せば、立地に数万人なるべし。尊公の領する所の兵も復た且に数万ならんとす。一言口より出でば、誰か敢えて従わざらん。虚に乗じて関に入り、天下に号令せば、半歳に盈たずして、帝業成るべし」と。太宗笑いて曰く「卿の言善し、人の意に合う」と。
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『長短経』懼戒諒従わず、乃ち親ら大軍を率いて、并・介の間に屯す。上之を聞きて大いに懼れ、賀若弼を召して之を議す。弼曰く「漢王は先帝の子、陛下の弟なり。連率の重きに居り、方岳の任を総べ、声名震響し、天下の服する所と為る。其の事を挙ぐること畢れり。然り而して進取の策に三有り。長駆して関に入り、直ちに京師に拠り、西は六軍を拒ぎ、東は山東を収むるは、上策なり。是くの如くんば、則ち天下未だ量るべからず。大軍を蒲州に頓め、五千騎をして潼関を閉ざさしめ、斉の旧境を復し、拠りて之に都するは、中策なり。是くの如くんば、力を以て争わん〔議に曰く、斉の旧境は、北斉の時の境土を謂うなり。今の青州の斉に非ざるなり〕。若し親ら太原に居り、徒だ其の将を遣わして来たらしむるは、下策なり。是くの如くんば、擒と成らんのみ」と。上曰く「公、試みに朕の為に之を籌れ。計将に何くにか出でんとする」と。弼曰く「蕭摩訶は亡国の将にして、与に大事を図るべからず。裴文安は少年にして賢なりと雖も、任用せられず。余は皆群小にして、妻孥を顧恋し、苟くも自ら安んぜんことを求め、遠く渉ること能わず。必ず軍を遣わして来たりて蒲州を攻めしめ、親ら太原に居りて、之が窟穴と為さん。臣以為えらく必ず下策に出でん」と。果たして弼の籌る所の如し。乃ち楊素を以て将と為し、之を破る。
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『長短経』覇図李密、東都の慮り無く、鋭を尽くして化及を攻め、之を破る。密、化及を敗りてより、益々驕傲を以てす。越王、王世充に命じて密を撃たしむ。密、祖君彦の計を用いず、師、敗績す。遂に西のかた京師に奔る。尋いで叛を謀り、之を殺す。〈王世充の密を撃つや、密、郡寮を会して之を議す。裴仁基曰く「世充、今、鋭を悉くして至る。洛下は必ず空し。但だ其の要路を堅守し、東するを得しむる無からしめんのみ。鋭卒三万を以て河曲に循いて上り、東都に逼るを示さば、東都必ず急ならん。世充必ず救わん。其の洛に至るを待ちて、然る後に軍を還さん。此くの如くんば、吾に余力有り、彼は奔命に労せん。兵法に所謂『彼出づれば則ち帰り、彼帰れば則ち出づ。数しば戦いて以て之を疲れしめ、多方にして以て之を誤らしむ』なり」と。密曰く「公、其の一を知りて、其の二を知らず。今、世充の兵の当たる可からざる者に三有り。兵仗精鋭なる、一なり。計を決して深入する、二なり。食尽きて戦いを求むる、三なり。我、但だ城に乗じて固守し、力を蓄え時を待たば、彼は戦わんと欲するも得ず、走るを求むるも路無し。十日に盈たずして、世充の首、麾下に致す可し。諸君、以為えらく何如」と。
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『長短経』覇図密曰く「智なるかな」と。戦わざらんと欲す。王伯当・単雄信曰く「天下安楽にして、百姓事無ければ、文を耨り墨を采り、廟堂に従容たり。武は文に如かず。四海沸騰し、英雄競い起こり、帝を角し王を図り、氛祲を蕩清す。文は武に如かず。各々其の時有り。戻る可からざるなり。越王は淫虐の余なり。天、之を厭うこと久し。且つ天命は常ならず。能者、之に代わる。何の曲直か之れ有らん。請う、乱を定むるは武臣に属し、治を制するは文吏に属せよ。今日戦わずんば、大事去らん」と。密、遂に単雄信の策を用う。合戦して、密の師、敗績す。世充、勝ちに乗じて洛口に趨く。密の左長史邴元真、倉城を以て降る。密、武牢に奔るも、敢えて入らず。北のかた河を渡り、遂に唐に奔る。初め、王伯当と単雄信・徐世勣と、倶に密の将たり。軍中に号して三傑と為す。故に密、之を信じて大いに戦う。〉