長短経 / 懼戒
周大將軍郭榮奉使詣隋髙祖〔髙祖楊堅時為定州、〕髙祖謂榮曰、「吾雅尚山水、不好纓紱、過藉時來、遂叨名位。願以時歸第、以保餘年、何如?」榮對曰、「今主上無道、人懐危懼、天命不常、能者代有。明公徳髙西伯、望極國華、方據六合、以慰黎庶、反效童兒女子投坑落穽之言耶!」髙祖大驚曰、無妄言、族矣。」及髙祖作相、笑謂榮曰、「前言果中。」後竟代周室。
新字:周大将軍郭栄奉使詣隋高祖〔高祖楊堅時為定州、〕高祖謂栄曰、「吾雅尚山水、不好纓紱、過藉時来、遂叨名位。願以時帰第、以保余年、何如?」栄対曰、「今主上無道、人懐危懼、天命不常、能者代有。明公徳高西伯、望極国華、方拠六合、以慰黎庶、反効童児女子投坑落穽之言耶!」高祖大驚曰、無妄言、族矣。」及高祖作相、笑謂栄曰、「前言果中。」後竟代周室。
書き下し
周の大将軍郭栄、使いを奉じて隋の高祖に詣る〔高祖楊堅、時に定州たり〕。高祖、栄に謂いて曰く「吾は雅より山水を尚び、纓紱を好まず。過って時来たるに藉りて、遂に名位を叨る。願わくは時を以て第に帰り、以て余年を保たん。何如」と。栄対えて曰く「今、主上無道にして、人は危懼を懐く。天命常ならず、能なる者代わる有り。明公は徳は西伯より高く、望みは国華を極む。方に六合に拠りて、以て黎庶を慰めんとす。反りて童児女子の坑に投じ穽に落つるの言に效うや」と。高祖大いに驚きて曰く「妄言すること無かれ、族せられん」と。高祖の相と作るに及び、笑いて栄に謂いて曰く「前言果たして中たる」と。後に竟に周室に代わる。
現代語訳
北周の大将軍郭栄は使者として隋の高祖楊堅のもとに行った〔楊堅は当時定州にいた〕。楊堅は郭栄に言った。「私はもともと山水を好み、官職の印綬を好まない。たまたま時運に恵まれて、分不相応な名と位を得た。時期を見て屋敷に引きこもり、余生を保ちたいのだが、どう思うか」。郭栄は答えた。「いま主上は無道で、人々は危うさと恐れを抱いています。天命は常ではなく、能力ある者が代わって立つものです。明公の徳は周の文王より高く、名望は国の精華を極めています。まさに天下を押さえて民を慰めるべき時なのに、かえって子どもや女が自ら穴に落ちるような言葉をまねるのですか」。楊堅は大いに驚いて「めったなことを言うな、一族皆殺しになるぞ」と言った。楊堅が宰相になると、笑って郭栄に「前の言葉は果たして当たったな」と言った。のちについに北周に取って代わった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・修身・我主張して天に由らず富貴福澤を得んと要するは、天主張して、我に由るを得ず。賢人君子と做らんと要するは、我主張して、天に由るを得ず。
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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孟子・梁惠王章句下魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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論語・堯曰篇堯曰く、「咨、爾舜、天の暦数爾の躬に在り。允に其の中を執れ。四海困窮せば、天禄永く終わらん。」舜も亦た以て禹に命ず。曰く、「予小子履、敢えて玄牡を用い、敢えて昭らかに皇皇たる后帝に告ぐ。罪有るは敢えて赦さず。帝の臣は蔽わず、簡ぶこと帝の心に在り。朕が躬罪有らば、万方を以てすること無かれ。万方罪有らば、罪は朕が躬に在り。」「周に大賚有り、善人是れ富む。」「周親有りと雖も、仁人に如かず。百姓過ち有らば、予一人に在り。」権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を脩むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功有り、公なれば則ち説ぶ。
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