長短経 / 覇図
李宻無東都之慮、盡鋭攻化及、破之。宻自敗化及、益以驕傲、越王命王世充撃宻、宻不用祖君彦計、師敗績。遂西奔京師、尋謀叛、殺之。〔王世充之擊宻也、宻會郡寮議之。裴仁基曰、『世充今悉鋭而至、洛下必空、但堅守其要路、無令得東而已。以銳卒三萬循河曲而上、示逼東都、東都必急、世充必救。待其至洛、然後還軍。如此、吾有餘力、彼勞奔命、兵法所謂『彼出則歸、彼歸則出、數戰以疲之、多方以誤之』也。」宻曰、「公知其一、不知其二。今世充之兵不可當者三、兵仗精鋭、一也、决計深入、二也、食盡求戰、三也。我伹乗城固守、蓄力待時。彼欲戰不得、求走無路。不盈十日、世充之首可致麾下。諸君以為何如?」
新字:李密無東都之慮、尽鋭攻化及、破之。密自敗化及、益以驕傲、越王命王世充撃密、密不用祖君彦計、師敗績。遂西奔京師、尋謀叛、殺之。〔王世充之撃密也、密会郡寮議之。裴仁基曰、『世充今悉鋭而至、洛下必空、但堅守其要路、無令得東而已。以鋭卒三万循河曲而上、示逼東都、東都必急、世充必救。待其至洛、然後還軍。如此、吾有余力、彼労奔命、兵法所謂『彼出則帰、彼帰則出、数戦以疲之、多方以誤之』也。」密曰、「公知其一、不知其二。今世充之兵不可当者三、兵仗精鋭、一也、決計深入、二也、食尽求戦、三也。我伹乗城固守、蓄力待時。彼欲戦不得、求走無路。不盈十日、世充之首可致麾下。諸君以為何如?」
書き下し
李密、東都の慮り無く、鋭を尽くして化及を攻め、之を破る。密、化及を敗りてより、益々驕傲を以てす。越王、王世充に命じて密を撃たしむ。密、祖君彦の計を用いず、師、敗績す。遂に西のかた京師に奔る。尋いで叛を謀り、之を殺す。〈王世充の密を撃つや、密、郡寮を会して之を議す。裴仁基曰く「世充、今、鋭を悉くして至る。洛下は必ず空し。但だ其の要路を堅守し、東するを得しむる無からしめんのみ。鋭卒三万を以て河曲に循いて上り、東都に逼るを示さば、東都必ず急ならん。世充必ず救わん。其の洛に至るを待ちて、然る後に軍を還さん。此くの如くんば、吾に余力有り、彼は奔命に労せん。兵法に所謂『彼出づれば則ち帰り、彼帰れば則ち出づ。数しば戦いて以て之を疲れしめ、多方にして以て之を誤らしむ』なり」と。密曰く「公、其の一を知りて、其の二を知らず。今、世充の兵の当たる可からざる者に三有り。兵仗精鋭なる、一なり。計を決して深入する、二なり。食尽きて戦いを求むる、三なり。我、但だ城に乗じて固守し、力を蓄え時を待たば、彼は戦わんと欲するも得ず、走るを求むるも路無し。十日に盈たずして、世充の首、麾下に致す可し。諸君、以為えらく何如」と。
現代語訳
李密は東都の心配がなくなり、精鋭を尽くして宇文化及を攻めて破った。李密は宇文化及を破ってから、ますます驕った。越王は王世充に命じて李密を撃たせた。李密は祖君彦の計を用いず、軍は敗れた。西の都へ逃げた。まもなく叛を謀り、殺された。〈王世充が李密を撃ったとき、李密は幕僚を集めて議した。裴仁基が言った。「王世充はいま精鋭を尽くして来ている。洛陽は必ず空です。要路を固く守って、東へ行かせないようにするだけでよい。精鋭三万で黄河の曲がりに沿って上り、東都に迫る構えを見せれば、東都は必ず窮する。王世充は必ず救いに戻る。洛陽に着いたところで軍を返す。こうすれば我々に余力があり、相手は命令に追われて疲れる。兵法にいう『相手が出れば帰り、相手が帰れば出る。何度も戦って疲れさせ、いろいろな手で誤らせる』です」。李密は言った。「あなたは一を知って二を知らない。いま王世充の兵に当たれない理由が三つある。武器が精鋭であること、これが一。決意して深入りしていること、これが二。食糧が尽きて戦いを求めていること、これが三。我々はただ城に拠って固く守り、力を蓄えて時を待てば、相手は戦おうとしても戦えず、逃げようにも道がない。十日たたずに王世充の首が旗の下に届く。諸君はどう思うか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』覇図六月、宇文化及、江都より彭城に至り、黎陽に拠り、許と称す。李密、大軍を率いて、清淇に壁す。敦煌の張守一、密の化及を拒ぐを聞き、越王に説きて以て討たしめんとす。越王、其の策を用いず、孟琮の計を用い、密と連和す。〈張守一、説きて曰く「臣聞く、鴻鵠の翮、未だ就らざるに、冲天の情、已に萌し、武豹の文、未だ備わらざるに、食牛の心、已に成る、と。今、陛下、全周の地に拠り、河を背にし洛に面し、帯甲十万、粟は数十年を支う。此れ覇王の資なり。翮の成り文の備わるを待つの勢いに非ざるなり。城を固めて自ら守り、済世を以て心と為さざるは、何ぞ夫の群蟻の一穴に嬰るに異ならんや。竊かに陛下の為に取らず」と。
-
『長短経』覇図密曰く「智なるかな」と。戦わざらんと欲す。王伯当・単雄信曰く「天下安楽にして、百姓事無ければ、文を耨り墨を采り、廟堂に従容たり。武は文に如かず。四海沸騰し、英雄競い起こり、帝を角し王を図り、氛祲を蕩清す。文は武に如かず。各々其の時有り。戻る可からざるなり。越王は淫虐の余なり。天、之を厭うこと久し。且つ天命は常ならず。能者、之に代わる。何の曲直か之れ有らん。請う、乱を定むるは武臣に属し、治を制するは文吏に属せよ。今日戦わずんば、大事去らん」と。密、遂に単雄信の策を用う。合戦して、密の師、敗績す。世充、勝ちに乗じて洛口に趨く。密の左長史邴元真、倉城を以て降る。密、武牢に奔るも、敢えて入らず。北のかた河を渡り、遂に唐に奔る。初め、王伯当と単雄信・徐世勣と、倶に密の将たり。軍中に号して三傑と為す。故に密、之を信じて大いに戦う。〉
-
『長短経』覇図王、将に之に従わんとす。孟琮曰く「化及は帰るを思うの衆を率う。其の鋒、当たる可からず。李密は英雄にして、勇略は不世なり。密に非ずんば以て化及を滅ぼす無し。且つ之を襲いて得ずんば、復た一化及を生ぜん。臣請う、説くに利害を以てし、示すに大節を以てし、元戎と為して、以て凶祲を除かしめん。徐ろに其の後を議するも、未だ晩からずと為さん」と。王曰く「善し」と。
-
『長短経』覇図単雄信曰く「戦いを楽しむの兵を以て帰るを思うの卒に当たる。食飽くとも敵せず。戦えば必ず克たん」と。祖君彦曰く「不可なり。夫れ師の曲なるを老と為し、師の正なるを直と為す。曲なれば則ち饑と為し、直なれば則ち飽と為す。世充は隋室の威を挟む。曲と為す可からず。主公は逆を以て名と為す。直と為す可からず。裴光禄の謀は、一時の上なり。主公の策は、持久の上なり。単将軍の言は、滅亡の下なり。夫れ物は両つながら大ならず、勝ちに常資無し。故に慶する者は閭に在り、弔する者は門に在り。誠に恐る、化及に乗じて、必ず世充に殆からんことを。請う、甲を案じ兵を息め、時を候ち釁を観よ。世充は志大にして体強く、心勇にして悍多し。自ら伐つに忸る。必ず異図有らん。
-
『長短経』覇図孟琮、東のかた密に説きて曰く「明公は烏合の卒を以て、王城に密邇す。徳を慕うの人罕に、山沢の固き無し。兵法に所謂『四分五裂』、特に忌む所なり。今、東に化及の師有り、西に東都の衆有り。来たりて化及を拒がば、則ち王師、其の後を襲わん。東都に備えて行かずんば、則ち化及の師、日に至らん。是に於て六軍、洛口に屯し、化及、武牢に下らば、誠に恐らくは転旋するに暇あらず、敗亡已に及ばん。今、皇帝は世宗成帝の子、世祖明帝の孫なり。累世の資を以て、楽推の運に当たる。士馬百万、旧都を拠有す。宇文化及は懐音蔑聞、親ら梟獍を行う。主人は戈を枕にして旦を待ち、将卒は力を蓄えて明を待つ。将軍、誠に能く率先して行を啓き、凶暴を誅鋤せば、則ち盤石の安き有り、累卵の危うき無からん。晋文は祛を斬るを捨て、斉桓は鈎を射るを置く。況んや主上の聖哲は天よりし、寛和にして衆を容るるをや。疇昔の失を以て、皇帝に望を過つこと勿かれ。狐裘羔袖、将軍、焉を択べ」と。密、初め張守一の謀を聞きて、大いに懼る。琮の至るに及び、大いに悦ぶ。記室李儉をして朝せしむ。越王大いに悦び、密を拝して太尉魏国公と為す。〉
-
『長短経』覇図越王曰く「之を若何せん」と。対えて曰く「三王の興るや、五伯の挙がるや、兵に由りて以て大業を成さざるは莫し。故に夏啓に甘野の師有り、斉桓は召陵の衆を起こす。皆な以て不庭を征討し、叛を伐ち慝を威すなり。今、天下土崩し、英雄競い起こる。陛下の腹心の患いと為る者は、夏・魏に過ぐるは莫し。夏、師を遣わして河を渉らば、則ち東都は陛下の地に非ず。魏、師を遣わして洛を踰えば、洛口の粟は、陛下の有する所に非ず。累卵の危うき、以て加うる無きなり。臣聞く、兵は正を以て合し、而して奇を以て勝つ、と。韓信の成安を斬りし所以、子房の秦を降せし所以なり。請う、精鋭の士二万人を選びて洛陽を守り、三万人もて河に循いて守り、以て夏の寇の来たるに備え、親ら大軍を率いて洛口に出で、魏の師を掩わん。魏の君臣、陛下、天より至ると謂い、倉卒の間、智者も計を為さざらん。李密既に滅びなば、則ち建徳は気を懾れ、辺疆を備え守らん。時を相て動かば、則ち文皇の業、修む可く、世祖の基、墜ちざらん」と。