長短経 / 懼戒
〔議曰、初、漢王陰謀為亂、聲言討素。司馬皇甫誕諌曰、「大隋據有天下二十餘載、兆庶乂安、難以摇動、一矣、萬姓厭亂、人思安樂、雖舜、禹更生、其望未從、二矣、太子聡明神武、名應圖䜟素曽不得捧轂、庸敢生心、三矣、方今諸侯王列守州郡、表裏相制、勢不可舉、四矣。以兹四固、鎮臨天下、得興禍亂、未之前聞也。」漢王不從、故敗。由此觀之、天下無思亂之心、土崩之釁、雖有吴、楚之衆、猶不䏻成、而况于么麽乎?故先王貊其徳音、勤恤民隠者、蓋為是也。〕
新字:〔議曰、初、漢王陰謀為乱、声言討素。司馬皇甫誕諌曰、「大隋拠有天下二十余載、兆庶乂安、難以摇動、一矣、万姓厭乱、人思安楽、雖舜、禹更生、其望未従、二矣、太子聡明神武、名応図䜟素曽不得捧轂、庸敢生心、三矣、方今諸侯王列守州郡、表裏相制、勢不可舉、四矣。以茲四固、鎮臨天下、得興禍乱、未之前聞也。」漢王不従、故敗。由此観之、天下無思乱之心、土崩之釁、雖有呉、楚之衆、猶不䏻成、而況于么麽乎?故先王貊其徳音、勤恤民隠者、蓋為是也。〕
書き下し
〔議に曰く、初め、漢王陰かに乱を為さんことを謀り、声して素を討たんと言う。司馬皇甫誕諫めて曰く「大隋天下を拠有すること二十余載、兆庶乂安し、揺動し難し、一なり。万姓乱を厭い、人は安楽を思う。舜・禹更に生まると雖も、其の望み未だ従わず、二なり。太子は聡明神武にして、名は図讖に応ず。素は曽て轂を捧ぐることも得ず、庸ぞ敢えて心を生ぜん、三なり。方今、諸侯王は州郡に列守し、表裏相制し、勢い挙ぐべからず、四なり。茲の四固を以て、天下に鎮臨す。禍乱を興すを得ることは、未だ之を前に聞かざるなり」と。漢王従わず、故に敗る。此に由りて之を観れば、天下に乱を思うの心、土崩の釁無くんば、呉・楚の衆有りと雖も、猶お成すこと能わず。而るを況んや么麼に於いてをや。故に先王其の徳音を貊かにし、民の隠を勤恤する者は、蓋し是の為なり。〕
現代語訳
〔論じて言う。はじめ漢王がひそかに乱を謀り、楊素を討つと言いふらしたとき、司馬の皇甫誕は諫めた。「大隋が天下を保って二十年余り、民は安らかで揺るがしにくい、これが一つ目。民は乱に飽き、人々は安楽を望んでいるので、舜や禹が生まれ変わっても望みは従わない、これが二つ目。太子は聡明で神のような武勇があり、名は予言書にも合っている。楊素はその車の轂を捧げることもできない身で、どうして謀反の心を起こせよう、これが三つ目。いま諸侯王が州郡に並んで守り、内外で互いに抑え合っていて、勢いとして挙兵できない、これが四つ目。この四つの固めで天下に臨んでいるのです。禍乱を起こせたなどという話は聞いたことがありません」。漢王は従わなかったので敗れた。これで見れば、天下に乱を望む心がなく、土台が崩れる隙がなければ、呉楚のような大軍があっても成功できない。まして小さな勢力ならなおさらだ。だから先王が徳ある言葉を静かに行き渡らせ、民の苦しみを心から労わったのは、このためである。〕
解説
この章句が説くこと
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