長短経 / 懼戒
〔裴子野曰、「夫有逸羣之才、必思冲天之舉、據盖俗之量、則闇常均之下。其能導之以道、將之以識、作而不失于義、行而無犯于禮、殆難為乎!若曄等忸志而貪權、矜才以狥逆、天方無釁、以欲干時。及罪暴刑行、父子相哭、累葉風素、一朝而殞。所謂智䏻翻為亡身之具。心逆而險、此之謂乎?」〕
新字:〔裴子野曰、「夫有逸羣之才、必思沖天之舉、拠盖俗之量、則闇常均之下。其能導之以道、将之以識、作而不失于義、行而無犯于礼、殆難為乎!若曄等忸志而貪権、矜才以狥逆、天方無釁、以欲干時。及罪暴刑行、父子相哭、累葉風素、一朝而殞。所謂智䏻翻為亡身之具。心逆而険、此之謂乎?」〕
書き下し
〔裴子野曰く「夫れ逸群の才有れば、必ず沖天の挙を思い、蓋俗の量に拠れば、則ち常均の下に闇し。其の能く之を導くに道を以てし、之を将うに識を以てし、作して義を失わず、行いて礼を犯すこと無きは、殆ど為し難きか。曄等の若きは、志を忸れて権を貪り、才を矜りて以て逆に狥う。天方に釁無きに、欲を以て時を干す。罪暴れ刑行わるるに及びて、父子相哭し、累葉の風素、一朝にして殞つ。所謂智能は翻って亡身の具と為る。心逆にして険なるは、此の謂いか」と。〕
現代語訳
〔裴子野は言う。「群を抜く才能があれば、必ず天に昇るような大事を思い、世を覆う器量を持てば、並の者の下にいることに甘んじられない。それを道によって導き、見識によって養い、事を起こしても義を失わず、行っても礼を犯さないというのは、ほとんど難しいことだろう。范曄らは志をなれ合わせて権力を貪り、才を誇って反逆に身を投じた。天にまだ隙がないのに、欲によって時を求めた。罪が明るみに出て刑が行われると、父子で泣き合い、代々の清らかな家風が一朝にして失われた。いわゆる、知恵と才能がかえって身を滅ぼす道具になる、ということだ。心が逆らって険しいとは、このことだろう」。〕
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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