長短経 / 懼戒
〔議曰、古人稱始禍者死、謂首亂先唱。被姦雄不逞之輩、外託義兵以除逆節、内包荒悖、因茲而起、皆勤王助順、用時取權、者廆之謂矣。〕
新字:〔議曰、古人称始禍者死、謂首乱先唱。被姦雄不逞之輩、外託義兵以除逆節、内包荒悖、因茲而起、皆勤王助順、用時取権、者廆之謂矣。〕
書き下し
〔議に曰く、古人称す、禍を始むる者は死す、と。首めて乱を唱えて先に倡うるを謂う。彼の姦雄不逞の輩、外は義兵に託して以て逆節を除き、内は荒悖を包みて、茲に因りて起こる。皆王に勤め順を助け、時を用いて権を取る者は、廆の謂いなり。〕
現代語訳
〔論じて言う。昔の人は、禍を始める者は死ぬと言った。先に乱を唱えて先頭に立つ者のことである。あの奸雄や不逞の輩は、表では義兵を名乗って反逆者を除くと言い、内には荒々しい悖逆を抱いて、これをきっかけに起こる。王のために尽くし順を助けると言いながら、時を利用して権力を取るのは、慕容廆のことである。〕
解説
前の段で慕容翰の見事な献策を描いた趙蕤は、すぐに冷ややかな評を加えます。最初に乱を起こす者は滅ぶ。だから賢い者は、先に乱を起こした者を義兵として討ち、その混乱に乗じて権力を取る。慕容廆は勤王の名を掲げたが、実際には時勢を利用して自分の力を広げた。大義の看板と本当の目的は、しばしば別のところにある。見事な戦略を称えつつ、その裏の意図を見抜けと読者に促しているのです。
この章句が説くこと
懼戒慕容廆大義名分野心始禍者裏の意図
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