長短経 / 懼戒
魏太祖與吕布戰于濮陽、不利。袁紹使人説太祖連和、使太祖遣家居鄴、太祖許之。程昱見曰、「竊聞將軍欲遣家居鄴、與袁紹連和、誠有之乎?」太祖曰、「然。」昱曰、「意者將軍殆臨事而懼、不然、何慮之不深也?夫袁紹據燕、趙之地、有并天下之心、而智不能濟也。將軍自度能為之下乎?將軍以龍虎之威、可為韓、彭之事耶?昱愚不識大㫖以為將軍之志、不如田横。田横、齊一壯士耳、猶羞為髙祖之臣。今將軍欲遣家徃鄴、將北面而事袁紹。夫以將軍之聰明神武、而反不羞為袁紹之下、竊為將軍恥之。今兖州雖殘、尚有三城、能戰之士、不下萬人。若與文若、昱等收而用之、霸王之業可成也。願將軍更慮之。」太祖乃止。
新字:魏太祖与呂布戦于濮陽、不利。袁紹使人説太祖連和、使太祖遣家居鄴、太祖許之。程昱見曰、「窃聞将軍欲遣家居鄴、与袁紹連和、誠有之乎?」太祖曰、「然。」昱曰、「意者将軍殆臨事而懼、不然、何慮之不深也?夫袁紹拠燕、趙之地、有并天下之心、而智不能済也。将軍自度能為之下乎?将軍以竜虎之威、可為韓、彭之事耶?昱愚不識大旨以為将軍之志、不如田横。田横、斉一壮士耳、猶羞為高祖之臣。今将軍欲遣家往鄴、将北面而事袁紹。夫以将軍之聰明神武、而反不羞為袁紹之下、窃為将軍恥之。今兗州雖残、尚有三城、能戦之士、不下万人。若与文若、昱等収而用之、覇王之業可成也。願将軍更慮之。」太祖乃止。
書き下し
魏の太祖、呂布と濮陽に戦いて利あらず。袁紹、人をして太祖に説きて連和せしめ、太祖をして家を遣わして鄴に居らしめんとす。太祖之を許す。程昱見えて曰く「竊かに聞く、将軍家を遣わして鄴に居らしめ、袁紹と連和せんと欲すと。誠に之有るか」と。太祖曰く「然り」と。昱曰く「意うに将軍殆ど事に臨みて懼るるか。然らずんば、何ぞ慮りの深からざるや。夫れ袁紹は燕・趙の地に拠り、天下を并するの心有り。而れども智は済すこと能わず。将軍自ら度るに能く之が下と為らんか。将軍は龍虎の威を以て、韓・彭の事を為すべけんや。昱は愚にして大旨を識らず。以為えらく、将軍の志は田横に如かず。田横は斉の一壮士のみ。猶お高祖の臣と為るを羞ず。今、将軍は家を遣わして鄴に往かしめ、将に北面して袁紹に事えんとす。夫れ将軍の聡明神武を以て、反りて袁紹の下と為るを羞じず。竊かに将軍の為に之を恥ず。今、兗州は残すと雖も、尚お三城有り。能く戦うの士、万人を下らず。若し文若・昱等と収めて之を用いば、霸王の業成すべきなり。願わくは将軍更に之を慮れ」と。太祖乃ち止む。
現代語訳
魏の太祖曹操は濮陽で呂布と戦って不利になった。袁紹は人を遣わして曹操に同盟を持ちかけ、曹操の家族を鄴に住まわせるよう求めた。曹操は承知した。程昱が会いに来て言った。「将軍が家族を鄴に送って袁紹と同盟しようとしていると聞きましたが、本当ですか」。曹操は「そうだ」と言った。程昱は言った。「思うに、将軍は事に臨んで恐れているのでしょう。そうでなければ、なぜこれほど考えが浅いのですか。袁紹は燕・趙の地に拠り、天下を併せる野心がありますが、知恵がそれを成し遂げるに足りません。将軍はご自分を量って、その下につけますか。将軍は龍虎の威を持ちながら、韓信や彭越のように人に使われて殺される役をなさるのですか。私は愚かで大きな考えはわかりませんが、将軍の志は田横に及ばないと思います。田横は斉の一介の壮士にすぎなかったのに、高祖の臣になるのを恥じました。いま将軍は家族を鄴に送り、北を向いて袁紹に仕えようとしている。将軍の聡明さと神のような武勇を持ちながら、かえって袁紹の下になることを恥じないとは、ひそかに将軍のために恥ずかしく思います。いま兗州は荒れたとはいえ、まだ三つの城があり、戦える兵は一万を下りません。荀彧や私たちとともに集めて用いれば、覇王の業は成せます。どうか考え直してください」。曹操は思いとどまった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒袁紹盟主と為り、驕色有り。陳留太守張邈、正義もて之を責む。紹、曹操をして邈を殺さしめんとするも、操聴かず。邈、心自ら安んぜず。操の東のかた陶謙を撃つに及び、其の将陳宮をして東郡に屯せしむ。宮因りて邈に説きて曰く「今、天下分崩し、雄傑並び起こる。君は十万の衆を擁し、四戦の地に当たり、剣を撫して顧盼すれば、亦た以て人傑と為るに足る。而るに反りて制を人に受く。亦た鄙しからずや。今、州軍東征し、其の処空虚なり。呂布は壮士にして、善く戦いて前無し。君之を迎えて、共に兗州に拠り、天下の形勢を観、時事の変通を俟たば、此れ亦た縦横の一時なり」と。邈之に従いて曹公に反す。
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『長短経』懼戒〔議に曰く、陳寿称す、先主は弘毅寛厚にして、人を知り士を待つ。蓋し高祖の風、英雄の器有り。機権幹略は、魏武に逮ばず。然れども折れて撓まず、終に下と為らざる者は、抑も彼の量を揆るに必ず己を容れざらんとす。唯だ利を競うのみに非ず、且つ以て害を避く、と。語に曰く「一棲に両雄あらず、一泉に二蛟無し」と。此に由りて之を観れば、若し位同じく権均しければ、必ず己を容れざること、自りて来たる有り。曹公の家を遣わして鄴に居らしめ、袁紹と連和せんと欲せしは、惑えるの甚だしきなり。〕
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『長短経』三国権太祖、袁紹と官渡に相持す。時に公は粮少なく、荀彧に書を与え、議して許に還らんと欲す。彧曰く「紹は悉く衆を官渡に聚め、公と勝敗を決せんと欲す。公は至弱を以て至強に当たる。若し制すること能わずんば、必ず乗ずる所と為らん。是れ天下の大機なり。且つ紹は布衣の雄のみ。能く人を聚むれども用うること能わず。夫れ公の神武明哲を以て、輔くるに大順を以てす。何に向かいてか済らざらん。今、軍少なしと雖も、未だ楚漢の滎陽・成皋に在りし時に若かざるなり。是の時、劉・項、肯えて先に退く莫し。先に退く者は勢い屈すればなり。公は十分の一に居るの衆を以て、地を画して之を守り、其の喉を扼して進むを得ざらしむること、已に半年なり。情見れ勢い竭く、必ず将に変有らんとす。此れ奇を用うるの時、失うべからず」と。又た紹の謀臣許攸、財を貪る。紹縦すこと能わず。来奔し、太祖に説きて紹の別屯を襲い、其の粮穀を燔かしむ。遂に紹を破る。
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『長短経』三国権太祖、呂布を下邳に攻めて抜けず、還らんと欲す。荀攸曰く「布は勇にして謀無し。今、三軍皆其の鋭気衰う。三軍は将を以て主と為す。主衰うれば則ち軍に奮意無し。陳宮は智有りて遅し。今、布の気の未だ復せず、宮の謀の未だ定まらざるに及びて、進みて急に之を攻めば、布抜くべきなり」と。乃ち沂・泗を決して城に灌ぐ。城潰え、布を生禽す。袁紹の将文醜、太祖と戦う。荀攸、太祖に勧めて輜重を以て賊に餌せしむ。賊遂に奔りて之を競い、陣乱る。文醜を斬る。
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『長短経』覇図卓、兵起こるを聞き、乃ち天子を徙して長安に都す。卓、兵を留めて洛陽に屯す。司徒王允と呂布と、卓を殺す。楊奉・韓暹、天子を以て洛陽に還る。太祖、洛陽に至りて京邑を衛る。暹、遁れ去る。太祖、洛陽の焼焚残破せるを以て、天子を奉じて許に都す。詔を下して袁紹を責むるに、地広く兵強きも、専ら自ら党を樹て、勤王の師を聞かざるを以てす。〈紹、時に公孫瓚を并せ、四州の地を兼ぬ。〉紹、遂に許を攻む。太祖、之を官渡に破る。紹、血を嘔きて死す。
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『長短経』覇図曹公、官渡に軍す。紹、時に衆を悉くして南す。田豊、紹に説きて曰く「曹公は善く兵を用い、変化方無し。衆は少なしと雖も、未だ軽んず可からず。久しきを以て之を持するに如かず。将軍は山河の固きに拠り、四州の衆を擁す。外は英雄を結び、内は農戦を修む。然る後に其の精鋭を簡び、分かちて奇兵と為し、虚に乗じて迭々出で、以て河南を擾し、右を救わば則ち其の左を撃ち、左を救わば則ち其の右を撃つ。敵をして奔命に疲れしめ、人、業に安んずるを得ざらしむ。我労せずして彼已に困す。三年に及ばずして、坐して克つ可きなり。今、廟算の策を釈てて、成敗を一戦に決す。若し志の如くならずんば、悔ゆとも及ぶ無きなり」と。