長短経 / 懼戒
〔賈復曰、「圖堯舜之事而不能至者、湯武是也、圖湯武之事而不能至者、桓、文是也、圖桓、文之事而不能至者、六國是也、定六國之規而欲安守之而不能至者、亡六國是也。」〕
新字:〔賈復曰、「図堯舜之事而不能至者、湯武是也、図湯武之事而不能至者、桓、文是也、図桓、文之事而不能至者、六国是也、定六国之規而欲安守之而不能至者、亡六国是也。」〕
書き下し
〔賈復曰く「堯・舜の事を図りて至ること能わざる者は、湯・武是れなり。湯・武の事を図りて至ること能わざる者は、桓・文是れなり。桓・文の事を図りて至ること能わざる者は、六国是れなり。六国の規を定めて之を安守せんと欲して至ること能わざる者は、亡六国是れなり」と。〕
現代語訳
〔賈復は言った。「堯・舜のようなことを目指して及ばなかったのが湯王・武王である。湯王・武王のようなことを目指して及ばなかったのが斉の桓公・晋の文公である。桓公・文公のようなことを目指して及ばなかったのが六国である。六国の規模を定めてそれを安らかに守ろうとして及ばなかったのが、滅んだ六国である」。〕
解説
賈復の言葉は短いですが、志の高さと結果の関係を鋭く描いています。堯舜を目指した者が湯武にとどまり、湯武を目指した者が覇者にとどまり、覇者を目指した者が六国にとどまった。そして、ただ現状を守ろうとした者は滅んだ。目指したものより一段下に落ち着くのが常だとすれば、守ることだけを目標にすれば、その下は滅亡しかない。隗囂の割拠を批判する文脈で、この段階論が置かれています。
この章句が説くこと
懼戒賈復志目標守成段階
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