長短経 / 懼戒
丹不能從、進及睢陽、復説丹曰、「蓋聞、明者見于未形、智者慮于未萌。况其昭晰者乎?凡患生于所忽、禍發于細微。敗不可悔、時不可失。公孫鞅曰、『有髙人之行、必負非于世、有獨見之慮、必見贅于民。』故信庸庸之論、破金石之䇿、襲當世之操、失髙明之徳。夫决者、智之君也、疑者、事之役也。時不再來、公勿再計。」丹不聼進及無鹽、與赤眉戰、死。〔時汝南郅惲仰觀天象而謂友人曰、「今鎮嵗熒惑、並無漢分翼軫之域、去而復來、漢必再受命。如有順天發䇿者、必成大功。」以此説丹、丹並不用其言也。〕衍乃亡命河東。
新字:丹不能従、進及睢陽、復説丹曰、「蓋聞、明者見于未形、智者慮于未萌。況其昭晰者乎?凡患生于所忽、禍発于細微。敗不可悔、時不可失。公孫鞅曰、『有高人之行、必負非于世、有独見之慮、必見贅于民。』故信庸庸之論、破金石之策、襲当世之操、失高明之徳。夫決者、智之君也、疑者、事之役也。時不再来、公勿再計。」丹不聴進及無塩、与赤眉戦、死。〔時汝南郅惲仰観天象而謂友人曰、「今鎮歳熒惑、並無漢分翼軫之域、去而復来、漢必再受命。如有順天発策者、必成大功。」以此説丹、丹並不用其言也。〕衍乃亡命河東。
書き下し
丹従うこと能わず。進みて睢陽に及び、復た丹に説きて曰く「蓋し聞く、明なる者は未形に見、智なる者は未萌に慮る、と。況んや其の昭晰なる者をや。凡そ患いは忽にする所に生じ、禍は細微に発す。敗は悔ゆべからず、時は失うべからず。公孫鞅曰く『高人の行い有る者は、必ず非を世に負い、独見の慮り有る者は、必ず民に贅らる』と。故に庸庸の論を信じて、金石の策を破り、当世の操を襲いて、高明の徳を失う。夫れ決する者は、智の君なり。疑う者は、事の役なり。時は再び来たらず。公、再び計ること勿かれ」と。丹聴かず。進みて無塩に及び、赤眉と戦いて死す。〔時に汝南の郅惲、天象を仰観して友人に謂いて曰く「今、鎮・歳・熒惑、並びに漢の分たる翼・軫の域に無く、去りて復た来たる。漢は必ず再び命を受けん。如し天に順いて策を発する者有らば、必ず大功を成さん」と。此を以て丹に説くも、丹並びに其の言を用いざるなり。〕衍乃ち河東に亡命す。
現代語訳
廉丹は従えなかった。進んで睢陽に至ると、馮衍はまた説いた。「明らかな者は形になる前に見、智ある者は兆しが出る前に考えると聞きます。まして、はっきりと見えていることならなおさらです。災いはおろそかにしたところから生じ、禍は小さなことから起こります。敗れてから悔いても遅く、時を逃してはなりません。商鞅は『人より優れた行いをする者は必ず世にそしられ、独自の見識を持つ者は必ず民に疎まれる』と言いました。だから凡庸な議論を信じて金石のように固い策を破り、世の中の振る舞いをまねて高く明らかな徳を失うのです。決断する者は知恵の主であり、疑う者は事に使われる者です。時は二度と来ません。もう考え直さないでください」。廉丹は聞き入れず、進んで無塩に至り、赤眉と戦って死んだ。〔このとき汝南の郅惲は天の兆しを仰ぎ見て友人に言った。「いま土星・木星・火星がそろって漢の星域である翼・軫を離れ、また戻ってきている。漢は必ず再び天命を受ける。天に従って策を立てる者がいれば必ず大功を成す」。これで廉丹に説いたが、廉丹はやはり用いなかった。〕馮衍は河東に逃れた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒王莽の時、寇盗群発す。莽、将軍廉丹を遣わして山東を伐たしむ。丹、馮衍を辟して掾と為し、与に俱に定陶に至る。莽、追いて丹に詔して曰く「将軍は国の重任を受く。身を中野に捐つること能わずんば、以て恩に報い責を塞ぐ無し」と。丹惶恐し、夜衍を召して、書を以て之に示す。衍因りて丹に説きて曰く「衍之を聞く、順にして成る者は、道の大とする所なり。逆にして攻むる者は、権の貴ぶ所なり、と。是の故に、成る有るを期して、由る所を問わず、大体を論じて、小節を守らず。昔、逢丑父は軾に伏して其の君をして飲を取らしめ、諸侯に称せらる。鄭の祭仲は突を立てて忽を出だし、終に復位を得て、春秋に美とせらる。蓋し死を以て生に易え、存を以て亡に易うるは、君子の道なり。衆意に詭いて、国を寧んじ身を存するは、賢者の慮りなり。故に易に曰く『窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を佑く、吉にして利あらざる無し』と。若し夫れ其の不可なるを知りて必ず之を為し、軍を破り衆を残い、主に補う無く、身死するの日、義を世に負うは、賢者は為さず、勇者は行わず。且つ衍之を聞く『時を得ては怠ること無し』と。張良は五代韓に相たるを以て、秦始皇を博浪の中に椎し、勇は賁・育に冠たり、名は太山より高し。将軍の先は、漢の信臣為り。新室の興るや、英俊附かず。今、海内潰乱し、民は漢の徳を懐うこと、詩人の召公を思うより甚だし。其の甘棠を愛す、而るを況んや子孫をや。民の歌舞する所、天必ず之に従う。
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『長短経』懼戒方今、将軍の為に計るに、大郡に屯拠し、吏士を鎮撫し、其の節を砥礪するに若くは莫し。百里の内、牛酒日に賜い、雄傑の士を納れ、忠智の謀を詢い、将来の心を要し、縦横の変を待ち、社稷の利を興し、万人の害を除かば、則ち福禄は無窮に流れ、功烈は不滅に著れん。何為れぞ軍は中原に覆り、身は草野に膏し、功敗れ名喪び、恥は先祖に及ばんや。聖人は禍を転じて福と為し、智士は敗に因りて功と為す。願わくは将軍深く計りて俗と同じくすること無かれ」と。
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『長短経』懼戒〔議に曰く、昔、蒯通は韓信に説き、閻忠は皇甫嵩に説き、馮衍は廉丹に説く。此の三人は皆従わず、甘んじて危亡に就くは、何ぞや。対えて曰く、范曄曰く「夫れ事苦しければ、則ち全きを矜るの情薄く、生厚ければ、故に安存の慮り深し。高きに登りて懼れざる者は、胥靡の人なり。坐して堂に垂せざるは、千金の子なり」と。此に由りて之を観れば、夫れ人情は、楽しければ則ち安きを思い、苦しければ則ち変を図る。必然の勢いなり。今、三子は或いは南面して孤と称し、或いは位は将相を極む。但だ自ら安んずるの術を図り、非常の功を慮る無し。勢い疑わるれば則ち釁生じ、力侔しければ則ち乱起こるを知らず。勢い已に疑われたるに、勢いを辞して以て嫌を去ること能わず。力已に侔しきに、力を損じて以て福を招くこと能わず。遅迴猶予して、危亡に至る。其の禍は全きを矜りて反りて其の敗を貽すに在る者なり。語に曰く「心死すれば則ち生き、生を幸えば則ち死す」と。数公は生を幸うと謂うべきなり。〕
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『長短経』懼戒後数日、蒯通復た説きて曰く「夫れ聴く者は事の候なり。計る者は事の機なり。聴くこと過ち計ること失いて、能く久しく安き者は鮮し。聴くこと一二を失わざる者は、乱すに言を以てすべからず。計ること本末を失わざる者は、紛らすに辞を以てすべからず。夫れ廝養の役に随う者は、万乗の権を失い、儋石の禄を守る者は〔一儋は一斛の余なり〕、卿相の位を欠く。故に智なる者は、決の断なり。疑う者は、事の害なり。毫釐の小計を審らかにして、天下の大数を遺れ、智は誠に之を知るも、決して敢えて行わざる者は、百事の禍なり。故に猛虎の猶予は、蜂蠆の螫を致すに如かず。騏驥の跼躅は、駑馬の安歩に如かず。孟賁の狐疑は、庸夫の必ず至るに如かず。舜・禹の智有りと雖も、沈吟して言わずんば、瘖聾の指麾に如かず。夫れ功は成り難くして敗れ易し。時は得難くして失い易し。時は再び来たらず。願わくは足下之を詳察せよ」と。韓信猶予して漢に背くに忍びず、又た自ら以為えらく功多し、漢王終に吾が斉を奪わじと。遂に蒯生に謝す。蒯生曰く「夫れ苛細に迫らるる者は、与に大事を図るべからず。臣虜に拘わる者は、固より君王の意無し」と。説聴かれず、因りて去り、佯狂して巫と為る。
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『長短経』懼戒昔、韓信は一飡の遇に忍びずして、三分の業を棄て、利剣以て其の喉を揣るに、方に悔毒の嘆を発する者は、機失われて謀乗ぜらるればなり。今、主上の勢いは劉・項より弱く、将軍の権は淮陰より重し。指揮は以て風雲を振るうに足り、叱咤は以て雷電を興すべし。赫然として奮発し、危うきに因りて頹るるに抵り、恩を崇くして以て先に附く者を綏んじ、武を振るいて以て後に服する者に臨む。冀方の士を徴し、七州の衆を動かす。羽檄は先に前に馳せ、大軍は後に響き振るう。漳河を蹈み流し、馬に孟津に飲う。閹宦の罪を誅し、群怨の積を除く。童児と雖も拳を奮いて以て力を致さしむべく、女子と雖も裳を褰げて以て命を用いしむべし。況んや熊羆の卒を厲まし、迅風の勢いに因るをや。功業已に就り、天下已に順わば、然る後に上帝に請い呼び、示すに天命を以てし、六合を混斉し、南面して制を称す。宝器を将に興らんとするに移し、亡漢を已に墜ちたるに推す。実に神機の至会、風発の良時なり。夫れ既に朽ちたる木は雕らず、衰世の朝は佐け難し。若し佐け難きの朝を輔け、朽敗の木を雕らんと欲せば、是れ猶お坂を逆にして丸を走らせ、流れを迎えて櫂を縦にするがごとし。豈に易しと云わんや。
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『長短経』懼戒〔議に曰く、夫れ明闇は相用を為さず、能否は相使を為さず。智士は勇将の為に謀らず、勇将は怯将の為に死せず。古より然り。故に伝に曰く「忠は令徳為り」と。其の人に非ざるすら猶お不可なり。況んや令ならざるをや。軍勢に曰く「義士を使うに財を以てせず」と。故に義者は不仁者の為に死せず、智者は闇主の為に謀らず。伊摯の夏を去るは、徳を傷つくと為さず、飛廉の紂に死するは、賢と謂うべからざる所以なり。今、時昏く道喪び、九域焚ゆるが如し。而して忠を危朝に委ね、昏寵に宴安するは、忠は以て世を救うに足らず、而して死は以て義を成すに足らず。且つ智者為るもの、固より此くの若きか。閻忠又た当に此の論を持して以て相説くべきなり。〕忠、説の用いられざるを知り、因りて亡げ去る。