長短経 / 懼戒
王莽時、寇盗羣發、莽遣將軍廉丹伐山東。丹辟馮衍為掾、與俱至定陶。莽追詔丹曰、「將軍受國重任、不能捐身中野、無以報恩塞責。」丹惶恐、夜召衍、以書示之。衍因説丹曰、「衍聞之、順而成者、道之所大也、逆而攻者、權之所貴也。是故、期于有成、不問所由、論于大體、不守小節。昔逢丑父伏軾而使其君取飲、稱于諸侯、鄭祭仲立突而出忽、終得復位、美於《春秋》。盖以死易生、以存易亡、君子之道也、詭于衆意、寧國存身、賢者之慮也。故《易》曰、『窮則變、變則通、通則久。是以自天佑之、吉、無不利。』若夫知其不可而必為之、破軍殘衆、無補于主、身死之日、負義之世、賢者不為、勇者不行。且衍聞之、『得時無怠。』張良以五代相韓、椎秦始皇于博浪之中、勇冠乎賁、育、名髙于太山。將軍之先、為漢信臣。新室之興、英儁不附。今海内潰亂、民懐漢徳、甚于詩人之思召公也。愛其甘棠、而况子孫乎!民所歌舞、天必從之。
新字:王莽時、寇盗羣発、莽遣将軍廉丹伐山東。丹辟馮衍為掾、与倶至定陶。莽追詔丹曰、「将軍受国重任、不能捐身中野、無以報恩塞責。」丹惶恐、夜召衍、以書示之。衍因説丹曰、「衍聞之、順而成者、道之所大也、逆而攻者、権之所貴也。是故、期于有成、不問所由、論于大体、不守小節。昔逢丑父伏軾而使其君取飲、称于諸侯、鄭祭仲立突而出忽、終得復位、美於《春秋》。盖以死易生、以存易亡、君子之道也、詭于衆意、寧国存身、賢者之慮也。故《易》曰、『窮則変、変則通、通則久。是以自天佑之、吉、無不利。』若夫知其不可而必為之、破軍残衆、無補于主、身死之日、負義之世、賢者不為、勇者不行。且衍聞之、『得時無怠。』張良以五代相韓、椎秦始皇于博浪之中、勇冠乎賁、育、名高于太山。将軍之先、為漢信臣。新室之興、英儁不附。今海内潰乱、民懐漢徳、甚于詩人之思召公也。愛其甘棠、而況子孫乎!民所歌舞、天必従之。
書き下し
王莽の時、寇盗群発す。莽、将軍廉丹を遣わして山東を伐たしむ。丹、馮衍を辟して掾と為し、与に俱に定陶に至る。莽、追いて丹に詔して曰く「将軍は国の重任を受く。身を中野に捐つること能わずんば、以て恩に報い責を塞ぐ無し」と。丹惶恐し、夜衍を召して、書を以て之に示す。衍因りて丹に説きて曰く「衍之を聞く、順にして成る者は、道の大とする所なり。逆にして攻むる者は、権の貴ぶ所なり、と。是の故に、成る有るを期して、由る所を問わず、大体を論じて、小節を守らず。昔、逢丑父は軾に伏して其の君をして飲を取らしめ、諸侯に称せらる。鄭の祭仲は突を立てて忽を出だし、終に復位を得て、春秋に美とせらる。蓋し死を以て生に易え、存を以て亡に易うるは、君子の道なり。衆意に詭いて、国を寧んじ身を存するは、賢者の慮りなり。故に易に曰く『窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を佑く、吉にして利あらざる無し』と。若し夫れ其の不可なるを知りて必ず之を為し、軍を破り衆を残い、主に補う無く、身死するの日、義を世に負うは、賢者は為さず、勇者は行わず。且つ衍之を聞く『時を得ては怠ること無し』と。張良は五代韓に相たるを以て、秦始皇を博浪の中に椎し、勇は賁・育に冠たり、名は太山より高し。将軍の先は、漢の信臣為り。新室の興るや、英俊附かず。今、海内潰乱し、民は漢の徳を懐うこと、詩人の召公を思うより甚だし。其の甘棠を愛す、而るを況んや子孫をや。民の歌舞する所、天必ず之に従う。
現代語訳
王莽の時、盗賊が各地で起こった。王莽は将軍廉丹に山東を討たせた。廉丹は馮衍を属官として招き、ともに定陶に至った。王莽は追って廉丹に詔した。「将軍は国の重任を受けている。野に身を捨てる覚悟がなければ、恩に報い責めを果たすことはできない」。廉丹は恐れ、夜に馮衍を呼んで詔書を見せた。馮衍はそこで廉丹に説いた。「道理に従って成し遂げるのは道の尊ぶところ、道理に逆らって攻めるのは権道の尊ぶところだと聞きます。だから成功を目指すなら手段を問わず、大局を論じるなら小さな節を守らない。昔、逢丑父は車の横木に伏して主君に水を取りに行かせて逃がし、諸侯に称えられました。鄭の祭仲は突を立てて忽を追い出しましたが、最後は忽を復位させ、『春秋』で称えられました。死と生を取り替え、存続と滅亡を取り替えるのは君子の道です。人々の意に反してでも国を安んじ身を保つのは賢者の考えです。だから『易』に『窮まれば変わり、変われば通じ、通じれば長く続く。だから天が助け、吉であり利あらざることはない』とあります。できないと知りながら必ずやり、軍を破り兵を失い、主君の役にも立たず、身が死ぬ日に世に対して義に背くことは、賢者はせず勇者も行いません。しかも『時を得たら怠るな』と聞きます。張良は代々韓の宰相の家柄で、博浪沙で始皇帝に鉄槌を投げつけ、勇は孟賁・夏育に勝り、名は泰山より高くなりました。将軍の祖先は漢の信頼された臣下でした。新の王莽が興っても、英雄たちはついていません。いま天下は崩れ乱れ、民が漢の徳を慕うのは、詩人が召公を慕った以上です。召公が休んだ甘棠の木さえ愛したのですから、まして漢の子孫ならなおさらです。民が歌い舞うところに、天は必ず従います。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』懼戒方今、将軍の為に計るに、大郡に屯拠し、吏士を鎮撫し、其の節を砥礪するに若くは莫し。百里の内、牛酒日に賜い、雄傑の士を納れ、忠智の謀を詢い、将来の心を要し、縦横の変を待ち、社稷の利を興し、万人の害を除かば、則ち福禄は無窮に流れ、功烈は不滅に著れん。何為れぞ軍は中原に覆り、身は草野に膏し、功敗れ名喪び、恥は先祖に及ばんや。聖人は禍を転じて福と為し、智士は敗に因りて功と為す。願わくは将軍深く計りて俗と同じくすること無かれ」と。
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『長短経』懼戒丹従うこと能わず。進みて睢陽に及び、復た丹に説きて曰く「蓋し聞く、明なる者は未形に見、智なる者は未萌に慮る、と。況んや其の昭晰なる者をや。凡そ患いは忽にする所に生じ、禍は細微に発す。敗は悔ゆべからず、時は失うべからず。公孫鞅曰く『高人の行い有る者は、必ず非を世に負い、独見の慮り有る者は、必ず民に贅らる』と。故に庸庸の論を信じて、金石の策を破り、当世の操を襲いて、高明の徳を失う。夫れ決する者は、智の君なり。疑う者は、事の役なり。時は再び来たらず。公、再び計ること勿かれ」と。丹聴かず。進みて無塩に及び、赤眉と戦いて死す。〔時に汝南の郅惲、天象を仰観して友人に謂いて曰く「今、鎮・歳・熒惑、並びに漢の分たる翼・軫の域に無く、去りて復た来たる。漢は必ず再び命を受けん。如し天に順いて策を発する者有らば、必ず大功を成さん」と。此を以て丹に説くも、丹並びに其の言を用いざるなり。〕衍乃ち河東に亡命す。
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『長短経』懼戒〔議に曰く、昔、蒯通は韓信に説き、閻忠は皇甫嵩に説き、馮衍は廉丹に説く。此の三人は皆従わず、甘んじて危亡に就くは、何ぞや。対えて曰く、范曄曰く「夫れ事苦しければ、則ち全きを矜るの情薄く、生厚ければ、故に安存の慮り深し。高きに登りて懼れざる者は、胥靡の人なり。坐して堂に垂せざるは、千金の子なり」と。此に由りて之を観れば、夫れ人情は、楽しければ則ち安きを思い、苦しければ則ち変を図る。必然の勢いなり。今、三子は或いは南面して孤と称し、或いは位は将相を極む。但だ自ら安んずるの術を図り、非常の功を慮る無し。勢い疑わるれば則ち釁生じ、力侔しければ則ち乱起こるを知らず。勢い已に疑われたるに、勢いを辞して以て嫌を去ること能わず。力已に侔しきに、力を損じて以て福を招くこと能わず。遅迴猶予して、危亡に至る。其の禍は全きを矜りて反りて其の敗を貽すに在る者なり。語に曰く「心死すれば則ち生き、生を幸えば則ち死す」と。数公は生を幸うと謂うべきなり。〕
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『長短経』懼戒昔、韓信は一飡の遇に忍びずして、三分の業を棄て、利剣以て其の喉を揣るに、方に悔毒の嘆を発する者は、機失われて謀乗ぜらるればなり。今、主上の勢いは劉・項より弱く、将軍の権は淮陰より重し。指揮は以て風雲を振るうに足り、叱咤は以て雷電を興すべし。赫然として奮発し、危うきに因りて頹るるに抵り、恩を崇くして以て先に附く者を綏んじ、武を振るいて以て後に服する者に臨む。冀方の士を徴し、七州の衆を動かす。羽檄は先に前に馳せ、大軍は後に響き振るう。漳河を蹈み流し、馬に孟津に飲う。閹宦の罪を誅し、群怨の積を除く。童児と雖も拳を奮いて以て力を致さしむべく、女子と雖も裳を褰げて以て命を用いしむべし。況んや熊羆の卒を厲まし、迅風の勢いに因るをや。功業已に就り、天下已に順わば、然る後に上帝に請い呼び、示すに天命を以てし、六合を混斉し、南面して制を称す。宝器を将に興らんとするに移し、亡漢を已に墜ちたるに推す。実に神機の至会、風発の良時なり。夫れ既に朽ちたる木は雕らず、衰世の朝は佐け難し。若し佐け難きの朝を輔け、朽敗の木を雕らんと欲せば、是れ猶お坂を逆にして丸を走らせ、流れを迎えて櫂を縦にするがごとし。豈に易しと云わんや。
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『長短経』懼戒嵩曰く「夙夜公に在りて、心忠を忘れず。何の故にか安からざらん」と。忠曰く「然らず。〔議に曰く、記に之有り、親母其の子の為に禿を扢きて血を出だせば、見る者以て子を愛するの至りと為す。継母に在らしめば、則ち過ぐる者以て悮りと為す。事の情は一なり。観る者に従うこと異なるのみ。当今、政理衰欠し、王室故多し。将軍は継母の位に処り、主を震わすの威を挟む。至忠を懐くと雖も、恐らくは人心自ら変ぜん。竊かに将軍の為に之を危ぶむ。且つ吾之を聞く、勢い姦を容るるを得れば、伯夷も疑うべく、苟も猜無しと曰えば、盗跖も信ずべし、と。今、兵百万を擁し、勢いは非を為すを得、姦を容るるの権を握り、疑うべきの地に居る。忠信を竭くすと雖も、其れ能く喻らんや。此れ田単の裘を解きて、忌まるる所以なり。願わくは将軍之を慮れ」と。閻生合に此の類を将いて以て其の志を破り、便ち韓信を引きて之を喻うべし。実に公の忠を忘れざるの意を解せず。談説の意、此に漏る。〕
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『長短経』君徳或るひと曰く「偽新の王莽を観るに、謙恭礼譲なり。豈に一代の名士に非ずや。相と作り尊に居るに至りて、驕淫暴虐なり。何ぞ先後の相い背くこと甚だしきや」と。虞南曰く「王莽は天姿惨酷、詐偽の人なり。未だ達せざるの前は、名を狥め誉を求む。志を得るの後は、能を矜り物に傲る。飾情既に尽きて、本質存す。諫に愎りて自ら高しとし、卒に改め寤めず。海内寃酷にして、光武の駆除と為れり」と。