長短経 / 懼戒
昔韓信不忍一飱之遇、而棄三分之業、利劍以揣其喉、方發悔毒之嘆者、機失而謀乘也。今主上勢弱于劉、項、將軍權重于淮陰、指揮足以振風雲、叱咤可以興雷電。赫然奮發、因危抵頺崇恩以綏先附、振武以臨後服。徵冀方之士、動七州之衆。羽檄先馳于前、大軍響振于後。蹈流漳河、飲馬孟津。誅閹宦之罪、除羣怨之積。雖童兒可使奮拳以致力、女子可使褰裳以用命、况厲熊羆之卒、因迅風之勢哉?功業已就、天下已順、然後請呼上帝、示以天命、混齊六合、南面稱制。移寶器于將興、推亡漢于已墜、實神機之至㑹、風發之良時也。夫既朽之木不雕、衰世之朝難佐。若欲輔難佐之朝、雕朽敗之木、是猶逆坂走丸、迎流縱櫂、豈云易哉?
新字:昔韓信不忍一飱之遇、而棄三分之業、利剣以揣其喉、方発悔毒之嘆者、機失而謀乗也。今主上勢弱于劉、項、将軍権重于淮陰、指揮足以振風雲、叱咤可以興雷電。赫然奮発、因危抵頺崇恩以綏先附、振武以臨後服。徴冀方之士、動七州之衆。羽檄先馳于前、大軍響振于後。蹈流漳河、飲馬孟津。誅閹宦之罪、除羣怨之積。雖童児可使奮拳以致力、女子可使褰裳以用命、況厲熊羆之卒、因迅風之勢哉?功業已就、天下已順、然後請呼上帝、示以天命、混斉六合、南面称制。移宝器于将興、推亡漢于已墜、実神機之至会、風発之良時也。夫既朽之木不雕、衰世之朝難佐。若欲輔難佐之朝、雕朽敗之木、是猶逆坂走丸、迎流縦櫂、豈云易哉?
書き下し
昔、韓信は一飡の遇に忍びずして、三分の業を棄て、利剣以て其の喉を揣るに、方に悔毒の嘆を発する者は、機失われて謀乗ぜらるればなり。今、主上の勢いは劉・項より弱く、将軍の権は淮陰より重し。指揮は以て風雲を振るうに足り、叱咤は以て雷電を興すべし。赫然として奮発し、危うきに因りて頹るるに抵り、恩を崇くして以て先に附く者を綏んじ、武を振るいて以て後に服する者に臨む。冀方の士を徴し、七州の衆を動かす。羽檄は先に前に馳せ、大軍は後に響き振るう。漳河を蹈み流し、馬に孟津に飲う。閹宦の罪を誅し、群怨の積を除く。童児と雖も拳を奮いて以て力を致さしむべく、女子と雖も裳を褰げて以て命を用いしむべし。況んや熊羆の卒を厲まし、迅風の勢いに因るをや。功業已に就り、天下已に順わば、然る後に上帝に請い呼び、示すに天命を以てし、六合を混斉し、南面して制を称す。宝器を将に興らんとするに移し、亡漢を已に墜ちたるに推す。実に神機の至会、風発の良時なり。夫れ既に朽ちたる木は雕らず、衰世の朝は佐け難し。若し佐け難きの朝を輔け、朽敗の木を雕らんと欲せば、是れ猶お坂を逆にして丸を走らせ、流れを迎えて櫂を縦にするがごとし。豈に易しと云わんや。
現代語訳
昔、韓信は一度の食事の恩を捨てられずに天下三分の業を捨て、鋭い剣が喉に当てられて初めて悔しさを嘆きました。機を失い、謀に乗じられたからです。いま主上の勢いは劉邦や項羽より弱く、将軍の権は韓信より重い。指揮すれば風雲を起こし、叱咤すれば雷電を呼べます。赫々と奮い立ち、危うい朝廷の倒れかかったところを押し、恩を厚くして先に従う者を安んじ、武を振るって後に従う者に臨む。冀州の士を集め、七州の兵を動かす。檄文を先に走らせ、大軍が後から轟く。漳河を踏み渡り、孟津で馬に水を飲ませる。宦官の罪を誅し、積もった人々の恨みを除く。そうすれば子どもでも拳を振るって力を尽くし、女でも裳裾をからげて命を捧げるでしょう。まして熊のような兵を励まし、疾風の勢いに乗るのですから。功業が成り天下が従ったら、天帝に告げて天命を示し、天下を一つにし、南面して天子と称する。帝位のしるしを興る者に移し、すでに落ちた漢を押しやる。まことに神の機が至った時、風の起こるよい時です。朽ちた木には彫刻できず、衰えた世の朝廷は助けがたい。助けがたい朝廷を助け、朽ちた木に彫ろうとするのは、坂の上へ玉を転がし、流れに逆らって櫂を放すようなもの。どうしてたやすいと言えましょう。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』懼戒今、足下忠信を行いて以て漢王に交わらんと欲するも、必ず二君の相与するより固きこと能わず。而して事は張黶・陳沢より大なるもの多し。故に臣以為えらく、足下の漢王の己を危うくせざるを必とするも、亦た誤れり、と。大夫種・范蠡は、亡越を存し、勾践を伯たらしめ、功を立て名を成して身死亡す。諺に曰く『野獣尽きて猟狗烹られ、敵国破れて謀臣亡ぶ』と。夫れ交友を以て之を言えば、則ち張耳の成安君に与するに如かず。忠信を以て之を言えば、則ち大夫種の句践に於けるに過ぎず。此の二人の者は、以て観るに足る。願わくは足下深く之を慮れ。
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『長短経』懼戒且つ今、宦豎群居し、悪を同じくすること市の如く、上命行われず、権は近習に帰す。昏主の下は、以て久しく居り難く、不賞の功は、讒人側目す。如し早く図らずんば、後悔及ぶ無からん」と。嵩懼れて曰く「非常の謀は、有常の勢いに施さず。大功を創図するは、豈に庸才の致す所ならんや。黄巾は細孽にして、敵は秦・項に非ず。新たに結びて散じ易く、以て業を済すこと難し。且つ民は未だ主を忘れず、天は逆を佑けず。若し虚しく不冀の功を造りて、以て朝夕の禍を速めんよりは、孰れか忠を本朝に委ね、其の臣節を守るに与かん。讒多しと云うと雖も、放廃に過ぎず。猶お令名有りて、死すとも且つ朽ちず。反常の論は、敢えて聞かざる所なり」と。
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『長短経』懼戒嵩曰く「夙夜公に在りて、心忠を忘れず。何の故にか安からざらん」と。忠曰く「然らず。〔議に曰く、記に之有り、親母其の子の為に禿を扢きて血を出だせば、見る者以て子を愛するの至りと為す。継母に在らしめば、則ち過ぐる者以て悮りと為す。事の情は一なり。観る者に従うこと異なるのみ。当今、政理衰欠し、王室故多し。将軍は継母の位に処り、主を震わすの威を挟む。至忠を懐くと雖も、恐らくは人心自ら変ぜん。竊かに将軍の為に之を危ぶむ。且つ吾之を聞く、勢い姦を容るるを得れば、伯夷も疑うべく、苟も猜無しと曰えば、盗跖も信ずべし、と。今、兵百万を擁し、勢いは非を為すを得、姦を容るるの権を握り、疑うべきの地に居る。忠信を竭くすと雖も、其れ能く喻らんや。此れ田単の裘を解きて、忌まるる所以なり。願わくは将軍之を慮れ」と。閻生合に此の類を将いて以て其の志を破り、便ち韓信を引きて之を喻うべし。実に公の忠を忘れざるの意を解せず。談説の意、此に漏る。〕
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『長短経』懼戒後漢の霊帝、皇甫嵩を以て将軍と為し、黄巾を討ち破りて、威は天下に震う。而して朝政日に乱れ、海内虚困す。故の信都令閻忠、嵩に干説して曰く「得難くして失い易き者は、時なり。時至りて踵を旋らさざる者は、機なり。故に聖人は時に順いて以て動き、智者は機に因りて以て発す。今、将軍は得難きの運に遭い、駭き易きの機を蹈むも、運を践みて撫せず、機に臨みて発せずんば、将に何を以て大名を保たんとする」と。嵩曰く「何の謂いぞや」と。忠曰く「天道は親無く、百姓は能に与す。今、将軍は鉞を暮春に受け、功を末冬に収む。兵の動くこと神の如く、謀は再び計らず。強を摧くこと枯れたるを折るより易く、堅を消すこと湯の雪より易し。旬月の間に、神兵電のごとく掃い、戸を封じ石に刻み、南に向かいて以て徳に報ず。威名は本朝に震い、風声は海外に馳す。湯・武の挙と雖も、未だ将軍より高き者有らざるなり。今、身は賞せられざるの功を建て、体は高人の徳を兼ぬ。而して庸主に北面す。何を以て安きを求めんや」と。
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『長短経』懼戒且つ臣聞く、勇略主を震わす者は身危うく、而して功天下を蓋う者は賞せられず、と。臣請う、大王の功略を言わん。西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を擒にし、兵を引きて井陘を下り、成安君を誅し、趙を徇え、燕を脅かし、斉を定め、南は楚人の兵二十万を摧き、東は龍且を殺し、西に嚮かいて以て報ず。此れ所謂功は天下に二無く、略は世に出でざる者なり。今、足下は主を震わすの威を載せ、賞せられざるの功を挟む。以て楚に帰すれば、楚人信ぜず。漢に帰すれば、漢人震恐す。足下是を持して安くにか帰せんと欲する。夫れ勢いは人臣の位に在りて、主を震わすの威有り、名は天下に高し。竊かに足下の為に之を危ぶむ」と。韓信謝して曰く「先生且く休め。我将に之を念わん」と。
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『長短経』懼戒夫れ鋭気は険塞に挫け、而して糧食は内蔵に竭き、百姓罷極して、怨望依倚する所無し。臣を以て之を料るに、其の勢い天下の聖賢に非ずんば、固より天下の禍を息むること能わず。当今、両主の命は足下に懸かる。足下漢の為にすれば則ち漢勝ち、楚に与すれば則ち楚勝つ。臣願わくは腹心を披き、肝胆を輸し、愚計を効さん。恐らくは足下用いざらん。誠に能く臣の計を聴かば、両つながら利して俱に之を存し、天下を三分し、鼎足して居るに若くは莫し。其の勢い敢えて先に動く莫し。夫れ足下の賢聖を以て、甲兵の衆有り、強斉に拠り、燕・趙を従え、空虚の地に出でて其の後を制し、民の欲に因りて、西に嚮かいて百姓の為に命を請わば、則ち天下風のごとく起こりて響応せん。孰か敢えて聴かざらん。大を割き強を弱めて、以て諸侯を立て、諸侯已に立たば、天下服聴して徳を斉に帰せん。斉の故を案じ、膠・泗の地を有ち、諸侯を懐くるに徳を以てし、深く拱して揖譲せば、則ち天下の君王相率いて斉に朝せん。蓋し聞く、天与うるに取らずんば、反りて其の咎を受け、時至りて行わずんば、反りて其の殃を受く、と。願わくは足下之を熟慮せよ」と。