長短経 / 懼戒
今足下欲行忠信以交于漢王、必不能固于二君之相與也、而事多大于張黶、陳澤。故臣以為足下必漢王之不危已亦誤矣。大夫種、范蠡、存亡越、伯勾踐、立功成名而身死亡。諺曰、『野獸盡而獵狗烹、敵國破而謀臣亡。』夫以交友言之、則不如張耳之與成安君也、忠信言之、則不過大夫種之于句踐也。此二人者、足以觀矣。願足下深慮之。
新字:今足下欲行忠信以交于漢王、必不能固于二君之相与也、而事多大于張黶、陳沢。故臣以為足下必漢王之不危已亦誤矣。大夫種、范蠡、存亡越、伯勾践、立功成名而身死亡。諺曰、『野獣尽而猟狗烹、敵国破而謀臣亡。』夫以交友言之、則不如張耳之与成安君也、忠信言之、則不過大夫種之于句践也。此二人者、足以観矣。願足下深慮之。
書き下し
今、足下忠信を行いて以て漢王に交わらんと欲するも、必ず二君の相与するより固きこと能わず。而して事は張黶・陳沢より大なるもの多し。故に臣以為えらく、足下の漢王の己を危うくせざるを必とするも、亦た誤れり、と。大夫種・范蠡は、亡越を存し、勾践を伯たらしめ、功を立て名を成して身死亡す。諺に曰く『野獣尽きて猟狗烹られ、敵国破れて謀臣亡ぶ』と。夫れ交友を以て之を言えば、則ち張耳の成安君に与するに如かず。忠信を以て之を言えば、則ち大夫種の句践に於けるに過ぎず。此の二人の者は、以て観るに足る。願わくは足下深く之を慮れ。
現代語訳
いまあなたは忠と信をもって漢王と交わろうとしていますが、張耳と陳餘の交わりより固くなることは決してありません。しかも二人の間の事より大きな利害がたくさんあります。だから、漢王が自分を危うくしないと決めてかかっておられるのも誤りだと思います。大夫文種と范蠡は、滅びかけた越を存続させ、句践を覇者にし、功を立て名を成しましたが、文種は死に、范蠡は逃げました。諺に『野の獣がいなくなれば猟犬は煮られ、敵国が破れれば謀臣は滅ぶ』とあります。友情で言えば張耳と陳餘に及ばず、忠信で言えば文種の句践に対するもの以上ではありません。この二つの例で十分わかるはずです。どうか深くお考えください。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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三略・中略人臣深く中略に暁かなれば、則ち能く功を全うし身を保つ。夫れ高鳥死して、良弓蔵められ、敵国滅びて、謀臣亡ぶ。亡ぶとは、其の身を喪ふに非ざるなり。其の威を奪ひ、其の権を廃するを謂ふなり。之を朝に封じ、人臣の位を極め、以て其の功を顕はす。中州の善国、以て其の家を富まし、美色珍玩、以て其の心を悦ばしむ。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一太宰嚭、大夫種に書を遺りて曰く「狡兔盡くれは則ち良犬烹らる。敵國滅ぶれば則て謀臣亡ぶ。」
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『長短経』還師将軍縞素して、罪を君に請う。君曰く「兵の加うる所は、無道の国なり。敵を擒にし勝ちを致す。将に咎殃無し」と。乃ち其の官を尊くして、以て其の勢いを奪う。故に曰く「高鳥死して、良弓蔵れ、敵国滅びて、謀臣亡ぶ」と。亡ぶる者は其の身を喪うに非ず、之を淵に沈むるを謂う。之を淵に沈むる者は、其の威を奪い、其の権を廃するを謂う。之を朝に封じ、人臣の位を極めて、以て其の功を顕わし、中州の善国もて、以て其の心を富ます。仁者の衆は、合すべくして離るべからず。威権は楽しむべくして、卒かに移し難し。
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『長短経』懼戒韓信曰く「漢王の我を遇すること厚し。我を載するに其の車を以てし、我に衣するに其の衣を以てし、我に食わしむるに其の食を以てす。吾之を聞く、人の車に乗る者は人の患いを載せ、人の衣を衣る者は人の憂いを懐き、人の食を食う者は人の事に死す、と。吾豈に利に嚮かいて義に背くべけんや」と。蒯生曰く「足下自ら以為えらく漢王に善くして、万世の業を建てんと欲すと。臣竊かに以為えらく誤れり、と。始め常山王・成安君の布衣たりし時、相与に刎頸の交わりを為す。後に張黶・陳沢の事を争いて、二人相怨む。常山王は項嬰の頭を奉じて、鼠のごとく竄れて漢王に帰す。漢王兵を借りて東に下り、成安君を泜水の南に殺し、頭足処を異にし、卒に天下の笑いと為る。此の二人の相与するは、天下の至歓なり。然り而して卒に相擒にするは、何ぞや。患いは多欲に生じて、人心は測り難ければなり。
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『長短経』懼戒且つ臣聞く、勇略主を震わす者は身危うく、而して功天下を蓋う者は賞せられず、と。臣請う、大王の功略を言わん。西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を擒にし、兵を引きて井陘を下り、成安君を誅し、趙を徇え、燕を脅かし、斉を定め、南は楚人の兵二十万を摧き、東は龍且を殺し、西に嚮かいて以て報ず。此れ所謂功は天下に二無く、略は世に出でざる者なり。今、足下は主を震わすの威を載せ、賞せられざるの功を挟む。以て楚に帰すれば、楚人信ぜず。漢に帰すれば、漢人震恐す。足下是を持して安くにか帰せんと欲する。夫れ勢いは人臣の位に在りて、主を震わすの威有り、名は天下に高し。竊かに足下の為に之を危ぶむ」と。韓信謝して曰く「先生且く休め。我将に之を念わん」と。
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『長短経』懼戒後数日、蒯通復た説きて曰く「夫れ聴く者は事の候なり。計る者は事の機なり。聴くこと過ち計ること失いて、能く久しく安き者は鮮し。聴くこと一二を失わざる者は、乱すに言を以てすべからず。計ること本末を失わざる者は、紛らすに辞を以てすべからず。夫れ廝養の役に随う者は、万乗の権を失い、儋石の禄を守る者は〔一儋は一斛の余なり〕、卿相の位を欠く。故に智なる者は、決の断なり。疑う者は、事の害なり。毫釐の小計を審らかにして、天下の大数を遺れ、智は誠に之を知るも、決して敢えて行わざる者は、百事の禍なり。故に猛虎の猶予は、蜂蠆の螫を致すに如かず。騏驥の跼躅は、駑馬の安歩に如かず。孟賁の狐疑は、庸夫の必ず至るに如かず。舜・禹の智有りと雖も、沈吟して言わずんば、瘖聾の指麾に如かず。夫れ功は成り難くして敗れ易し。時は得難くして失い易し。時は再び来たらず。願わくは足下之を詳察せよ」と。韓信猶予して漢に背くに忍びず、又た自ら以為えらく功多し、漢王終に吾が斉を奪わじと。遂に蒯生に謝す。蒯生曰く「夫れ苛細に迫らるる者は、与に大事を図るべからず。臣虜に拘わる者は、固より君王の意無し」と。説聴かれず、因りて去り、佯狂して巫と為る。