長短経 / 懼戒
王怒、被謝死罪。王曰、「陳勝、吳廣無立錐之地、千人之衆、起于大澤、奮臂大呼而天下響應、西至于戲〔許直反、〕而兵百萬。今吾國雖小、然而勝兵者可得十餘萬、非直適戍之衆、鐖鑿棘矜也〔大䥥謂之鐖五音反。或是鉞矜、音其巾反。、〕公何以言有禍無福?」被曰、「秦無道、殘賊天下。興萬乗之駕、作阿房〔音旁〕之宫、收太半之賦、發閭左之戍、父不寧子、兄不便弟、政苛刑峻、天下熬然若燋民皆引領而望、傾耳而聽、悲號仰天、扣心而怨上、故陳勝一呼、天下響應。當今陛下臨制天下、一齊海内、汎愛蒸庶、布徳施惠。口雖未言、聲疾雷霆、令雖未出、化馳如神、心有所懐、威動萬里、下之應上、猶影響也。而大將軍材能不特章邯、楊熊也。大王以陳勝、吳廣喻之、被以為過。」
新字:王怒、被謝死罪。王曰、「陳勝、呉広無立錐之地、千人之衆、起于大沢、奮臂大呼而天下響応、西至于戯〔許直反、〕而兵百万。今吾国雖小、然而勝兵者可得十余万、非直適戍之衆、鐖鑿棘矜也〔大䥥謂之鐖五音反。或是鉞矜、音其巾反。、〕公何以言有禍無福?」被曰、「秦無道、残賊天下。興万乗之駕、作阿房〔音旁〕之宮、収太半之賦、発閭左之戍、父不寧子、兄不便弟、政苛刑峻、天下熬然若燋民皆引領而望、傾耳而聴、悲号仰天、扣心而怨上、故陳勝一呼、天下響応。当今陛下臨制天下、一斉海内、汎愛蒸庶、布徳施恵。口雖未言、声疾雷霆、令雖未出、化馳如神、心有所懐、威動万里、下之応上、猶影響也。而大将軍材能不特章邯、楊熊也。大王以陳勝、呉広喩之、被以為過。」
書き下し
王怒る。被、死罪を謝す。王曰く「陳勝・呉広は立錐の地無く、千人の衆もて、大沢に起こり、臂を奮いて大呼して天下響応し、西して戯に至りて兵百万なり。今、吾が国小なりと雖も、然れども勝兵の者、十余万を得べし。直だ適戍の衆、鐖鑿棘矜のみに非ざるなり。公何を以て禍有りて福無しと言う」と。被曰く「秦は無道にして、天下を残賊す。万乗の駕を興し、阿房の宮を作り、太半の賦を収め、閭左の戍を発す。父は子を寧んぜず、兄は弟を便とせず。政苛しく刑峻しく、天下は熬然として燋かるるが若し。民は皆領を引きて望み、耳を傾けて聴き、悲号して天を仰ぎ、心を扣きて上を怨む。故に陳勝一たび呼びて、天下響応す。当今、陛下は天下に臨制し、海内を一斉にし、汎く蒸庶を愛し、徳を布き恵を施す。口未だ言わずと雖も、声は雷霆より疾く、令未だ出でずと雖も、化の馳すること神の如し。心に懐く所有れば、威は万里を動かし、下の上に応ずること、猶お影響のごとし。而して大将軍の材能は、特に章邯・楊熊のみに非ざるなり。大王、陳勝・呉広を以て之に喩う。被以為えらく過てり」と。
現代語訳
王は怒った。伍被は死罪に値すると謝った。王は言った。「陳勝・呉広は錐を立てるほどの土地もなく、千人ほどの兵で大沢郷に起ち、腕を振り上げて叫ぶと天下が応じ、西の戯に着いたときには兵百万になった。いまわが国は小さいが、戦える兵は十万余り集められる。辺境に送られる罪人の群れや、鎌や棘の柄を持つだけの者たちとはわけが違う。あなたはなぜ禍ばかりで福はないと言うのか」。伍被は言った。「秦は無道で天下を損ないました。万乗の車を出し、阿房宮を造り、収穫の大半を税として取り、貧しい者まで辺境の守りに送りました。父は子を安んじられず、兄は弟を助けられず、政治は厳しく刑罰はむごく、天下は煎られて焦げるようでした。民は皆首を伸ばして望み、耳を傾けて聞き、悲しみ叫んで天を仰ぎ、胸を叩いて上を恨んでいました。だから陳勝が一声叫ぶと天下が応じたのです。いまの陛下は天下を治め、海内を一つにし、広く民を愛し、徳を広め恵みを施しておられます。口に出さなくてもその声は雷より速く伝わり、命令を出さなくても教化は神のように行き渡ります。心に思うことがあれば威は万里を動かし、下が上に応じるのは影や響きのようです。しかも大将軍の才能は、秦の章邯や楊熊どころではありません。大王が陳勝・呉広にたとえられるのは、誤りだと私は思います」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問子墨子、公尚過を越に游ばしむ。公尚過、越王に説く。越王、大いに説び、公尚過に謂いて曰く、「先生、茍くも能く子墨子をして越に於いて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子墨子に封ぜん」と。公尚過、許諾す。遂に公尚過の為に車五十乗を束ね、以て子墨子を魯に迎えて曰く、「吾れ夫子の道を以て越王に説く。越王、大いに悦びて過に謂いて曰く、『茍くも能く子墨子をして越に至りて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子を封ぜん』と」。子墨子、公尚過に謂いて曰く、「子、越王の志を觀るに何若。意うに越王、将に吾が言を聴き、吾が道を用いんとせば、則ち翟、将に往かんとす。腹を量りて食い、身を度りて衣し、自ら羣臣に比せん。奚んぞ能く封を以て為さんや。抑そも越、吾が言を聴かず、吾が道を用いずして、我れ往かば、則ち是れ我れ義を以て糶るなり。之を糶るに鈞しくんば、亦た中國に於いてするのみ。何ぞ必ずしも越に於いてせんや」と。
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『墨子』備城門凡そ圍城を守るの法、厚くして以て髙く、壕や深くして以て廣く、樓撕・揗守の備え、繕い利し。薪食は以て三月以上に交うるに足り、人衆は以て選び、吏尺は和し、大臣の上に功勞有る者は多く、主は信にして義を以てし、萬民、之を樂しむこと窮まり無し。然らずんば、父母の墳墓、焉に在り。然らずんば、山林草澤の饒、利するに足る。然らずんば、地形の攻め難くして守り易きなり。然らずんば、則ち敵に深き怨み有りて上に大功有り。然らずんば、則ち賞、眀らかにして信ず可く、罰、嚴にして畏るるに足るなり。
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『墨子』七患今、其の子を負いて汲む者有り、其の子を井中に隊とせば、其の母は必ず従いて之を拯わん。今、嵗凶に、民饑え、道に餓うるは、此の疚み、子を隊とすより重し。其れ察する無かる可けんや。故に時年、嵗善ければ、則ち民は仁にして且つ良し。時年、嵗凶なれば、則ち民は吝にして且つ惡し。夫れ民に何の常か之れ有らん。為す者寡く、食らう者衆ければ、則ち嵗に豐なること無し。故に曰く、「財足らざれば則ち之を時に反り、食足らざれば則ち之を用に反る」と。故に先民は時を以て財を生じ、本を固くして財を用う、則ち財足る。故に上世の聖王と雖も、豈に能く五榖をして常に收まらしめて、旱水をして至らざらしめんや。然れども凍餓の民無き者は、何ぞや。其の力むること時に急にして、自ら養うこと儉なればなり。故に夏書に曰く「禹に七年の水あり」、殷書に曰く「湯に五年の旱あり」と。此れ其の凶餓に離るること甚し。然れども民の凍餓せざる者は、何ぞや。其の財を生ずること密にして、其の之を用うること節なればなり。
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『墨子』經說上故。小故は、之れ有るも必ずしも然らず、之れ無ければ必ず然らず。體なり、端有るが若し。大故は、之れ有れば必ず然ること無し、之を見て見を成すが若し。體は、二の一、尺の端の若きなり。知材。知なる者は、知る所以なり。而して必ず知る、眀の若し。慮。慮なる者は、其の知を以て求むる有るなり。而して必ずしも之を得ず、睨るが若し。知。知なる者は、其の知を以て物に過り、而して能く之を貌るなり。見るが若し。恕。恕なる者は、其の知を以て物を論じ、而して其の之を知るや著し。眀の若し。仁。己を愛するは、己を用うるが為に非ず、愛の焉に著しきに若かず。眀の若し。義。志、天下を以て芬と為し、而して能く之を利す。必ずしも用いられず。禮。貴き者は公とし、賤しき者は名とす。而して倶に敬僈有り、等しくして論を異にするなり。行。為す所、名を善くせざるは行なり。為す所、名を善くするは巧なり、盜を為すが若し。
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『墨子』非攻下今、夫の師なる者の相い不利を為す者や、曰く、將、勇ならず、士、分たず、兵、利からず、教、習わず、師、衆からず、卒、和せず、威、圉がず、之を害すること久しからず、之を争うこと疾からず、之に孫うこと强からず、心を植うること堅からず、與國の諸侯、疑う。與國の諸侯、疑えば、則ち敵、慮を生じて意、嬴らん。
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『墨子』雜守子墨子曰く、凡そ守らざる者に五有り。城大にして人少なきは、一の守らざるなり。城小にして人衆きは、二の守らざるなり。人衆くして食寡なきは、三の守らざるなり。市、城を去ること逺きは、四の守らざるなり。畜積、外に在り、富人、虚に在るは、五の守らざるなり。萬家を率いて城、方三里。