長短経 / 懼戒
韓信曰、「何謂也?」蒯通曰、「天下初發難、俊雄豪傑建號一呼、天下之士雲合霧集、魚鱗雜遝、烟至風起。當此之時、憂在亡秦而已。今楚漢分爭、使天下無罪之人肝胆塗地、父子暴骸、骨肉流離于中野、不可勝數。楚人起於彭城、轉鬬逐北、至于滎陽、乗利席捲、威振天下。然兵困于京、索之間、廹西山而不能進者、三年于此矣。漢王將數十萬之衆、距鞏、洛、阻山河之險、一日數戰、無尺寸之功、折北不救、敗滎陽、傷成臯、還走宛、葉之間、此所謂智勇俱困者也。
新字:韓信曰、「何謂也?」蒯通曰、「天下初発難、俊雄豪傑建号一呼、天下之士雲合霧集、魚鱗雑遝、烟至風起。当此之時、憂在亡秦而已。今楚漢分争、使天下無罪之人肝胆塗地、父子暴骸、骨肉流離于中野、不可勝数。楚人起於彭城、転闘逐北、至于滎陽、乗利席捲、威振天下。然兵困于京、索之間、迫西山而不能進者、三年于此矣。漢王将数十万之衆、距鞏、洛、阻山河之険、一日数戦、無尺寸之功、折北不救、敗滎陽、傷成皋、還走宛、葉之間、此所謂智勇倶困者也。
書き下し
韓信曰く「何の謂いぞや」と。蒯通曰く「天下初めて難を発するや、俊雄豪傑、号を建てて一呼し、天下の士、雲のごとく合し霧のごとく集まり、魚鱗雑遝し、煙のごとく至り風のごとく起こる。此の時に当たりては、憂いは秦を亡ぼすに在るのみ。今、楚漢分争し、天下の無罪の人をして肝胆地に塗れ、父子骸を暴し、骨肉中野に流離せしむること、勝げて数うべからず。楚人は彭城より起こり、転闘して北ぐるを逐い、滎陽に至り、利に乗じて席巻し、威は天下に振るう。然れども兵は京・索の間に困しみ、西山に迫りて進むこと能わざる者、此に三年なり。漢王は数十万の衆を将いて、鞏・洛に距ぎ、山河の険を阻み、一日に数戦するも、尺寸の功無く、折北して救われず、滎陽に敗れ、成皋に傷つき、還りて宛・葉の間に走る。此れ所謂智勇俱に困しむ者なり。
現代語訳
韓信が「どういう意味か」と問うと、蒯通は言った。「天下で初めて秦に対する難が起きたとき、英雄豪傑が名乗りを上げて一声叫べば、天下の士は雲や霧のように集まり、魚の鱗のように入り乱れ、煙のように押し寄せ風のように起ちました。そのときの憂いは秦を滅ぼすことだけでした。いま楚と漢が争い、天下の罪のない人々の肝や胆を地にまみれさせ、父子の骸を野にさらし、肉親を野に流浪させること、数えきれません。楚は彭城から起ち、転戦して逃げる敵を追い、滎陽に至り、勝ちに乗じて席巻し、威は天下を震わせました。しかし兵は京・索の間で行き詰まり、西の山に迫りながら進めないこと、もう三年です。漢王は数十万の兵を率いて鞏・洛陽で防ぎ、山河の険しさを頼りに、一日に何度も戦いながら少しの功もなく、敗れて救われず、滎陽で敗れ、成皋で傷つき、宛・葉の間に逃げ帰りました。これがいわゆる、知恵も勇気もともに行き詰まっている状態です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒後数日、蒯通復た説きて曰く「夫れ聴く者は事の候なり。計る者は事の機なり。聴くこと過ち計ること失いて、能く久しく安き者は鮮し。聴くこと一二を失わざる者は、乱すに言を以てすべからず。計ること本末を失わざる者は、紛らすに辞を以てすべからず。夫れ廝養の役に随う者は、万乗の権を失い、儋石の禄を守る者は〔一儋は一斛の余なり〕、卿相の位を欠く。故に智なる者は、決の断なり。疑う者は、事の害なり。毫釐の小計を審らかにして、天下の大数を遺れ、智は誠に之を知るも、決して敢えて行わざる者は、百事の禍なり。故に猛虎の猶予は、蜂蠆の螫を致すに如かず。騏驥の跼躅は、駑馬の安歩に如かず。孟賁の狐疑は、庸夫の必ず至るに如かず。舜・禹の智有りと雖も、沈吟して言わずんば、瘖聾の指麾に如かず。夫れ功は成り難くして敗れ易し。時は得難くして失い易し。時は再び来たらず。願わくは足下之を詳察せよ」と。韓信猶予して漢に背くに忍びず、又た自ら以為えらく功多し、漢王終に吾が斉を奪わじと。遂に蒯生に謝す。蒯生曰く「夫れ苛細に迫らるる者は、与に大事を図るべからず。臣虜に拘わる者は、固より君王の意無し」と。説聴かれず、因りて去り、佯狂して巫と為る。
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『長短経』懼戒夫れ鋭気は険塞に挫け、而して糧食は内蔵に竭き、百姓罷極して、怨望依倚する所無し。臣を以て之を料るに、其の勢い天下の聖賢に非ずんば、固より天下の禍を息むること能わず。当今、両主の命は足下に懸かる。足下漢の為にすれば則ち漢勝ち、楚に与すれば則ち楚勝つ。臣願わくは腹心を披き、肝胆を輸し、愚計を効さん。恐らくは足下用いざらん。誠に能く臣の計を聴かば、両つながら利して俱に之を存し、天下を三分し、鼎足して居るに若くは莫し。其の勢い敢えて先に動く莫し。夫れ足下の賢聖を以て、甲兵の衆有り、強斉に拠り、燕・趙を従え、空虚の地に出でて其の後を制し、民の欲に因りて、西に嚮かいて百姓の為に命を請わば、則ち天下風のごとく起こりて響応せん。孰か敢えて聴かざらん。大を割き強を弱めて、以て諸侯を立て、諸侯已に立たば、天下服聴して徳を斉に帰せん。斉の故を案じ、膠・泗の地を有ち、諸侯を懐くるに徳を以てし、深く拱して揖譲せば、則ち天下の君王相率いて斉に朝せん。蓋し聞く、天与うるに取らずんば、反りて其の咎を受け、時至りて行わずんば、反りて其の殃を受く、と。願わくは足下之を熟慮せよ」と。
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『長短経』懼戒且つ臣聞く、勇略主を震わす者は身危うく、而して功天下を蓋う者は賞せられず、と。臣請う、大王の功略を言わん。西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を擒にし、兵を引きて井陘を下り、成安君を誅し、趙を徇え、燕を脅かし、斉を定め、南は楚人の兵二十万を摧き、東は龍且を殺し、西に嚮かいて以て報ず。此れ所謂功は天下に二無く、略は世に出でざる者なり。今、足下は主を震わすの威を載せ、賞せられざるの功を挟む。以て楚に帰すれば、楚人信ぜず。漢に帰すれば、漢人震恐す。足下是を持して安くにか帰せんと欲する。夫れ勢いは人臣の位に在りて、主を震わすの威有り、名は天下に高し。竊かに足下の為に之を危ぶむ」と。韓信謝して曰く「先生且く休め。我将に之を念わん」と。
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『長短経』懼戒韓信既に斉を平らげ、斉王と為る。項王恐れ、盱眙の人武渉をして往きて斉王に説き、天下を三分せしめんとす。信聴かず。武渉已に去る。蒯通、天下の権の韓信に在るを知り、奇策を為して之を感動せしめんと欲し、相人を以て韓信に説きて曰く「僕嘗て相人の術を受く」と。韓信曰く「先生の人を相すること何如」と。対えて曰く「貴賤は骨法に在り、憂喜は容色に在り、成敗は決断に在り。此を以て之を参うれば、万に一を失わず」と。信曰く「先生、寡人を相すること如何」と。対えて曰く「願わくは間を請う」と。信曰く「左右遠ざかれ」と。蒯通曰く「君の面を相するに、封侯に過ぎず、又た危うくして安からず。君の背を相するに、貴きこと乃ち言うべからず」と。〔背を畔けば則ち大いに貴きなり〕
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『長短経』懼戒今、足下忠信を行いて以て漢王に交わらんと欲するも、必ず二君の相与するより固きこと能わず。而して事は張黶・陳沢より大なるもの多し。故に臣以為えらく、足下の漢王の己を危うくせざるを必とするも、亦た誤れり、と。大夫種・范蠡は、亡越を存し、勾践を伯たらしめ、功を立て名を成して身死亡す。諺に曰く『野獣尽きて猟狗烹られ、敵国破れて謀臣亡ぶ』と。夫れ交友を以て之を言えば、則ち張耳の成安君に与するに如かず。忠信を以て之を言えば、則ち大夫種の句践に於けるに過ぎず。此の二人の者は、以て観るに足る。願わくは足下深く之を慮れ。
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『長短経』懼戒韓信曰く「漢王の我を遇すること厚し。我を載するに其の車を以てし、我に衣するに其の衣を以てし、我に食わしむるに其の食を以てす。吾之を聞く、人の車に乗る者は人の患いを載せ、人の衣を衣る者は人の憂いを懐き、人の食を食う者は人の事に死す、と。吾豈に利に嚮かいて義に背くべけんや」と。蒯生曰く「足下自ら以為えらく漢王に善くして、万世の業を建てんと欲すと。臣竊かに以為えらく誤れり、と。始め常山王・成安君の布衣たりし時、相与に刎頸の交わりを為す。後に張黶・陳沢の事を争いて、二人相怨む。常山王は項嬰の頭を奉じて、鼠のごとく竄れて漢王に帰す。漢王兵を借りて東に下り、成安君を泜水の南に殺し、頭足処を異にし、卒に天下の笑いと為る。此の二人の相与するは、天下の至歓なり。然り而して卒に相擒にするは、何ぞや。患いは多欲に生じて、人心は測り難ければなり。