長短経 / 懼戒
斯曰、「斯、上蔡閭巷布衣也。上幸擢為丞相者、固將以存亡安危屬臣也。豈可負哉!夫忠臣不避死而庶幾、孝子不勤勞而見危、君其勿復言。」髙曰、「蓋聞聖人遷徙無常、就變而從時、見末而知本、觀指而覩歸。物固有之、安得常法哉!方今天下之權、懸命于胡亥、髙能得志焉。且夫從外制中謂之惑、從下制上謂之賊。故秋霜降者草華落、水風搖者萬物作、此必然之效也。君侯何見之晩也。」
新字:斯曰、「斯、上蔡閭巷布衣也。上幸擢為丞相者、固将以存亡安危属臣也。豈可負哉!夫忠臣不避死而庶幾、孝子不勤労而見危、君其勿復言。」高曰、「蓋聞聖人遷徙無常、就変而従時、見末而知本、観指而睹帰。物固有之、安得常法哉!方今天下之権、懸命于胡亥、高能得志焉。且夫従外制中謂之惑、従下制上謂之賊。故秋霜降者草華落、水風揺者万物作、此必然之効也。君侯何見之晩也。」
書き下し
斯曰く「斯は上蔡の閭巷の布衣なり。上幸いに擢でて丞相と為すは、固より将に存亡安危を以て臣に属せんとするなり。豈に負くべけんや。夫れ忠臣は死を避けずして庶幾し、孝子は勤労せずして危うきを見る。君其れ復た言うこと勿かれ」と。高曰く「蓋し聞く、聖人は遷徙常無く、変に就きて時に従い、末を見て本を知り、指を観て帰するを覩る、と。物固より之有り。安んぞ常法を得んや。方今、天下の権は、命を胡亥に懸け、高は能く志を得たり。且つ夫れ外より中を制する、之を惑と謂い、下より上を制する、之を賊と謂う。故に秋霜降れば草華落ち、水風揺るれば万物作る。此れ必然の効なり。君侯、何ぞ之を見ることの晩きや」と。
現代語訳
李斯は言った。「私は上蔡の町の庶民でした。陛下が幸いにも抜擢して丞相にしてくださったのは、国の存亡と安危を私に託そうとされたからです。どうして背けましょう。忠臣は死を避けずに道に近づき、孝子は苦労を惜しまずに危うきに臨むものです。あなたはもう言わないでください」。趙高は言った。「聖人は一か所にとどまらず、変化に応じて時に従い、枝葉を見て根本を知り、指す先を見て行き着く先を見抜くと聞きます。物事にはもともとそういう性質があり、いつも同じ決まりなどありません。いま天下の権は胡亥様の命にかかっており、私はその意を得ています。外から中を制するのを惑といい、下から上を制するのを賊といいます。秋の霜が降りれば草花は落ち、水が揺れ風が吹けば万物が動き出す。これは必然の成り行きです。あなたはなぜそれに気づくのが遅いのですか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』懼戒斯曰く「吾聞く、晋は太子を易えて、三世安からず。斉桓は兄弟位を争いて、身死して戮と為る。紂は親戚を残賊し、諫めを聴かずして、国は丘墟と為る。三者は天に逆らい、宗廟血食せず。斯其れ猶お人なり。安んぞ与に謀るに足らん」と。高曰く「上下合同すれば、以て長久なるべし。中外一の若くなれば、事に表裏無し。君、臣の計を聴かば、則ち長く封侯有り、世々孤と称し、必ず喬・松の寿、孔・墨の智有らん。今此を釈きて従わずんば、禍は子孫に及び、寒心するに足らん。善き者は敗に因りて福と為す。君何くにか処らん」と。斯乃ち天を仰ぎて歎じ、涕を垂れて太息して曰く「既已に死すること能わず、安くにか命を託さん」と。乃ち高に聴きて胡亥を立て、改めて璽書を賜い、扶蘇・蒙恬を殺す。
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『長短経』懼戒胡亥既に高の言を然りとし、乃ち丞相斯に謂いて曰く「上崩じ、長子に書を賜い、喪と俱に咸陽に会して、立てて嗣と為さしむ。書未だ行かざるに、今上崩じ、未だ知る者有らず。事将に何如せん」と。斯曰く「安んぞ亡国の言を得んや」と。高曰く「君、自ら料るに、才能は蒙恬に孰与れぞ。功の高きこと蒙恬に孰与れぞ。謀の遠くして失わざること蒙恬に孰与れぞ。天下に怨み無きこと蒙恬に孰与れぞ。長子の旧くして之を信ずること蒙恬に孰与れぞ」と。斯曰く「此の五者は皆蒙恬に及ばず。而るに君の之を責むること何ぞ深きや」と。高曰く「高は故の内官の廝役なり。幸いに刀筆の吏を以て秦宮に進入することを得、事を管すること二十余年、未だ嘗て秦の免罷せし丞相・功臣の封有りて二世に及ぶ者を見ず。卒に皆以て誅亡す。皇帝の二十余子は、皆君の知る所なり。長子は剛毅にして武勇、人を信じて事に奮う。位に即かば必ず蒙恬を用いて丞相と為さん。君侯の終に通侯の印を懐きて郷里に帰らざること、明らかなり。高、詔を受けて胡亥に教習して法を学ばしむ。仁慈篤厚にして、財を軽んじ士を重んず。秦の諸子皆及ぶ莫し。以て嗣と為すべし。君、計りて之を定めよ」と。
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『長短経』懼戒趙高因りて扶蘇に賜う所の璽書を留め、而して公子胡亥に謂いて曰く「上崩じ、詔して諸子を封王すること無くして、独り長子に書を賜う。長子至らば、即ち位に即きて皇帝と為り、而して子は尺寸の地無し。之を為すこと奈何」と。胡亥曰く「固より然り。吾聞く、明君は臣を知り、明父は子を知る、と。父既に命を捐てて、諸子を封ぜず。何ぞ言うべけんや」と。趙高曰く「然らず。方今、天下の権の存亡は、子と高と丞相とに在るのみ。願わくは子之を図れ。且つ夫れ人を臣とすると人に臣とせらるると、人を制すると人に制せらるると、豈に日を同じくして道うべけんや」と。胡亥曰く「兄を廃して弟を立つるは、是れ不義なり。父の詔を奉ぜずして死を畏るるは、是れ不孝なり。能薄く材謭くして、強いて人の功に因るは、是れ不能なり。三者は徳に逆らい、天下服せず」と。
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『長短経』懼戒高曰く「臣聞く、湯・武は其の主を殺して、天下義と称し、不忠と為さず。衛君は其の父を殺して、衛国其の徳を載せ、孔子之を著して、不孝と為さず、と。〔議に曰く、乱臣賊子は、古より之有り。生まれて楚言し、痛哭すべき者は、胡亥是れなり。〕夫れ大行は細謹せず、大徳は辞譲せず。郷曲には各々宜しき有りて、百官は功を同じくせず。故に小を顧みて大を忘るれば、後に必ず害有り。狐疑猶予すれば、後に必ず悔い有り。断じて敢えて行えば、鬼神も之を避け、後に成功有り。願わくは子之を遂げよ」と。胡亥喟然として嘆じて曰く「今、大行未だ発せず。豈に宜しく此の事を以て丞相を干すべけんや」と。高曰く「時なるかな、時なるかな。間は謀るに及ばず。糧を嬴い馬を躍らせて、唯だ時に後るるを恐る」と。
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『長短経』懼戒〔初め、李斯は荀卿に従いて帝王の術を学び、西のかた秦に入らんと欲す。荀卿に辞して曰く「斯聞く、時を得ては怠ること無し、と。今、万乗時を争い、遊ぶ者事を主る。今、秦王は天下を呑み、帝を称して治めんと欲す。此れ布衣の馳騖するの時にして、遊談する者の秋なり。故に斯将に西のかた秦王に説かんとす」と。秦に至り、呂不韋の舎人と為る。不韋之を賢とし、任じて以て郎と為す。秦王に説きて陰かに謀士を遣わし、金玉を賫らして以て諸侯に遊説せしむ。諸侯の名士、皆厚く之に給遺し、肯んぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、遂に天下を呑むは、皆斯の謀なり。〕
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『長短経』懼戒王曰く「然り、之有り。子将に奈何せん」と。高曰く「悪を同じくすれば相助け、好を同じくすれば相留め、情を同じくすれば相成し、欲を同じくすれば相趨き、利を同じくすれば相死す。今、呉王は自ら以為えらく大王と憂いを同じくすと。願わくは時に因り理に循い、軀を棄てて以て患害を天下に除かん。抑も亦た可ならんか」と。王矍然として駭きて曰く「寡人何ぞ敢えて是くの如くせん。今、主急なりと雖も、固より死有るのみ。安んぞ戴かざるを得ん」と。高曰く「御史大夫晁錯、天子を熒惑し、諸侯を侵奪し、忠を蔽い賢を塞ぎ、朝廷疾怨し、諸侯皆背叛の意有り。人事極まれり。