長短経 / 懼戒
范雎説秦昭王曰、「夫三代所以亡國者、常縱溢馳騁弋獵、不聴政事。其所授者、妬賢嫉能、取下蔽上、以成其私、不為主計、而主不覺悟、故失其國。今右秩以上至諸史及王左右、無非相國之人者。見王獨立于朝、臣竊為王恐、恐萬世之後、有秦國者、非王子孫也。」由是觀之、《書》稱臣之有作威作福、害于而家、凶于而國。孔子曰、「禄之去公室、政逮于大夫、亡之兆也。」信哉是言也。〕
新字:范雎説秦昭王曰、「夫三代所以亡国者、常縦溢馳騁弋猟、不聴政事。其所授者、妬賢嫉能、取下蔽上、以成其私、不為主計、而主不覚悟、故失其国。今右秩以上至諸史及王左右、無非相国之人者。見王独立于朝、臣窃為王恐、恐万世之後、有秦国者、非王子孫也。」由是観之、《書》称臣之有作威作福、害于而家、凶于而国。孔子曰、「禄之去公室、政逮于大夫、亡之兆也。」信哉是言也。〕
書き下し
范雎、秦の昭王に説きて曰く「夫れ三代の国を亡ぼす所以の者は、常に縦溢して馳騁弋猟し、政事を聴かず。其の授くる所の者は、賢を妬み能を嫉み、下を取りて上を蔽い、以て其の私を成し、主の為に計らず。而も主覚悟せず、故に其の国を失う。今、右秩以上、諸史及び王の左右に至るまで、相国の人に非ざる者無し。王の独り朝に立つを見て、臣竊かに王の為に恐る。恐らくは万世の後、秦国を有つ者は、王の子孫に非ざらん」と。是に由りて之を観れば、書に称す、臣の威を作し福を作す有らば、而の家を害し、而の国に凶なり、と。孔子曰く「禄の公室を去り、政の大夫に逮ぶは、亡の兆しなり」と。信なるかな是の言や。〕
現代語訳
范雎は秦の昭王に説いた。「夏・殷・周の三代が国を滅ぼしたのは、いつも君主が放縦で狩りに駆け回り、政治を聞かなかったからです。政治を任された者は賢者を妬み能力ある者を嫌い、下の者を取り込んで上を覆い隠し、私腹を肥やして主君のために計らない。それでも主君は気づかないので、国を失ったのです。いま高官から書記、王の側近に至るまで、宰相の息のかかっていない者はいません。王が朝廷に一人で立っておられるのを見て、私はひそかに王のために恐れます。万世の後、秦の国を持つのは王の子孫ではないのではないかと」。これを見れば、『書経』に「臣が威光や恩恵を勝手に振るえば、その家を害し、その国に災いする」とあり、孔子が「俸禄の権が公室を離れ、政治が大夫に及ぶのは、滅亡の兆しである」と言ったのは、まことにそのとおりである。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』二柄第七夫の虎の能く狗を服する所以の者は、爪牙なり。虎をして其の爪牙を釋てしめて狗をして之を用いしめば、則ち虎は反って狗に服せん。
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