長短経 / 三国権
給事中蘇林等又曰、「天有十二次、以為分野。王公之國、名有所属。天子受命、諸侯以封。周文王受命、嵗在鶉火、至武王伐紂、十三年嵗星復在鶉火。故《春秋傳》曰、『武王伐紂、嵗在鶉火、則我有周之分野也。』昔嵗在大梁、武王始受命為將、討黄巾。嵗復在大梁、始拜大將軍。十三年復在大梁、始拜丞相。今二十五年復在大梁、陛下受命。此魏得嵗與文王受命相應。舜以土徳承堯之火、今亦以土徳承漢之火、於行運㑹於堯舜之次。陛下宜改正朔、易服色、正大號、天下幸甚。」〕
新字:給事中蘇林等又曰、「天有十二次、以為分野。王公之国、名有所属。天子受命、諸侯以封。周文王受命、歳在鶉火、至武王伐紂、十三年歳星復在鶉火。故《春秋伝》曰、『武王伐紂、歳在鶉火、則我有周之分野也。』昔歳在大梁、武王始受命為将、討黄巾。歳復在大梁、始拝大将軍。十三年復在大梁、始拝丞相。今二十五年復在大梁、陛下受命。此魏得歳与文王受命相応。舜以土徳承堯之火、今亦以土徳承漢之火、於行運会於堯舜之次。陛下宜改正朔、易服色、正大号、天下幸甚。」〕
書き下し
給事中蘇林等又た曰く「天に十二次有り、以て分野と為す。王公の国は、名に属する所有り。天子命を受け、諸侯以て封ぜらる。周の文王命を受くるに、歳は鶉火に在り。武王の紂を伐つに至りて、十三年、歳星復た鶉火に在り。故に春秋伝に曰く『武王紂を伐つに、歳は鶉火に在り。則ち我が有周の分野なり』と。昔、歳大梁に在り、武王始めて命を受けて将と為り、黄巾を討つ。歳復た大梁に在り、始めて大将軍を拝す。十三年、復た大梁に在り、始めて丞相を拝す。今、二十五年、復た大梁に在り、陛下命を受く。此れ魏の歳を得ること、文王の受命と相応ず。舜は土徳を以て堯の火を承く。今亦た土徳を以て漢の火を承く。行運に於いて堯・舜の次に会す。陛下宜しく正朔を改め、服色を易え、大号を正すべし。天下幸甚なり」と。〕
現代語訳
給事中の蘇林らもまた言った。「天には十二次があり、それで地上の星域を分けています。王や公の国は、それぞれ属する星域の名があります。天子が天命を受け、諸侯はそれによって封じられます。周の文王が天命を受けたとき、歳星は鶉火にありました。武王が紂を伐つに至って十三年、歳星はまた鶉火にありました。だから『春秋伝』に『武王が紂を伐ったとき、歳星は鶉火にあった。これはわが周の星域である』とあります。昔、歳星が大梁にあったとき、武王(曹操)は初めて命を受けて将となり黄巾を討ちました。歳星がまた大梁に来たとき、初めて大将軍を拝しました。十三年後、また大梁に来たとき、初めて丞相を拝しました。いま建安二十五年、また大梁にあり、陛下が天命を受けます。これは魏が歳星を得たことが、文王の受命と対応しているのです。舜は土徳で堯の火徳を受け継ぎました。いま魏も土徳で漢の火徳を受け継ぎます。五行の巡りで堯・舜の順序に合っています。陛下は暦を改め、服の色を変え、国号を正すべきです。天下にとってこの上ない幸いです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荀子・正論篇国を擅(ゆず)ること有るも、天下を擅ること無きは、古今一なり。夫の「堯舜擅讓す」と曰うは、是れ虚言なり。是れ浅き者の伝、陋(いや)しき者の説なり。逆順の理、小大・至不至の変を知らざる者なり。未だ与に天下の大理に及ぶべからざるなり。
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説苑・至公秦の始皇帝既に天下を吞み、乃ち群臣を召して議して曰く、「古は五帝賢に禪り、三王世々繼ぐ、孰か是なる。將に之を為さんとす」と。博士七十人未だ對えず。鮑白令之對えて曰く、「天下を官とすれば、則ち賢に讓るは是なり。天下を家とすれば、則ち世々繼ぐは是なり。故に五帝は天下を以て官と為し、三王は天下を以て家と為す」と。秦の始皇帝天を仰ぎて歎じて曰く、「吾が德五帝より出づ、吾將に天下を官とせんとす、誰か我に代わりて後を為さしむべき者ぞ」と。鮑白令之對えて曰く、「陛下桀紂の道を行いて、五帝の禪を為さんと欲す、陛下の能く行う所に非ざるなり」と。秦の始皇帝大いに怒りて曰く、「令之前め、若何を以て我桀紂の道を行うと言うか。趣かに之を説け、解せずんば則ち死せん」と。令之對えて曰く、「臣請う之を說かん。陛下臺を築くこと雲を干し、宮殿五里、千石の鐘を建て、萬石の虡、婦女連なること百、倡優累なること千、驪山の宮室を興作して雍に至るまで、相繼ぎて絕えず、自ら奉ずる所以は、天下を殫くし、民力を竭くし、偏駮して自ら私し、以て人に及ぼす能わず、陛下は所謂自營にして僅かに存する主なり。何ぞ暇あって五帝に德を比し、天下を官とせんと欲せんや」と。始皇闇然として以て之に應うる無し、面に慚色有り。之を久しくして曰く、「令之の言、乃ち眾をして我を醜まらしむ」と。遂に謀を罷め、禪の意無きなり。
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荀子・正論篇世俗の説を為す者曰く、堯舜は擅譲せり、と。是れ然らず。天子なる者は、埶位至尊にして、天下に敵無し。夫れ誰と与にか譲ること有らんや。道徳純備し、智恵甚だ明らかに、南面して天下を聴き、生民の属、震動従服して以て之に化順せざるは莫し。天下に隠士無く、遺善無し。焉に同じき者は是なり、焉に異なる者は非なり。夫れ悪くんぞ天下を擅ること有らんや。
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呂氏春秋・貴生②堯、天下を以て子州支父に讓らんとす。子州支父對えて曰く、「我を以て天子と為すは猶ほ可なり。然りと雖ども、我適々幽憂の病有り、方に將に之を治めんとす。未だ天下を在むるに暇あらず。」天下は重物なり、而るに以て其の生を害せず。又況んや它物に於いてをや。惟だ天下を以て其の生を害せざる者や、以て天下を託す可し。
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説苑・至公書に曰く、「偏せず黨せず、王道蕩蕩たり」と。至公を言うなり。古に大公を行う者有り、帝堯是れなり。貴きこと天子と為り、富むこと天下を有つも、舜を得て之に傳え、其の子孫を私せず。天下を去ること遺つが若く、天下に於て猶然たり、況んや其の天下より細なるをや。帝堯に非ずんば孰か能く之を行わん。孔子曰く、「巍巍乎たり!惟れ天を大と為し、惟れ堯之に則る」と。易に曰く、「首無くして、吉なり」と。此れ蓋し人君の至公なり。夫れ公を以て天下に與うれば、其の德大なり。之を此に推し、之を彼に刑せば、萬姓の戴く所、後世の則る所なり。彼の人臣の公なるは、官事を治むれば則ち私家を營まず、公門に在れば則ち貨利を言わず、公法に當たれば則ち親戚に阿らず、公を奉じて賢を舉ぐれば則ち仇讎を避けず、事君に忠に、利下に仁に、之を推すに恕道を以てし、之を行うに不黨を以てす、伊呂是れなり。故に顯名今に存す、是を之れ公と謂う。詩に云う、「周道は砥の如く、其の直きこと矢の如し、君子の履む所、小人の視る所」と。此を之れ謂うなり。夫れ公は明を生じ、偏は暗を生じ、端愨は達を生じ、詐偽は塞を生じ、誠信は神を生じ、夸誕は惑を生ず、此の六者は、君子の愼む所なり、而して禹桀の分かるる所以なり。詩に云う、「疾威なる上帝、其の命多く僻なり」と。不公を言うなり。
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呂氏春秋・去私③堯に子十人有り、其の子に與えずして舜に授く。舜に子九人有り、其の子に與えずして禹に授く。至公なり。