長短経 / 三国権
夫能扶天下之危者、則據天下之安、能除天下之憂者、則享天下之樂、能救天下之禍者、則得天下之福。〔董昭等欲共進曹公、九錫備物、宻訪於荀彧、彧不許。操心不平、遂殺之。范曄論曰、「世之言荀君通塞、或過矣。常以中賢以下、遂無求備。智算有所研踈、原始未必要終、斯理之不可全詰者也。夫以衛賜之賢、一説而斃兩國、彼非薄於人而欲之、盖有全、必有衰也。斯又功之不可兼者矣。方時運之遭非雄才無以濟其弱、功髙勢強、則皇器自移矣。此又時之不可並也、盖取其歸正而已、亦殺身以成仁之義也。」〕
新字:夫能扶天下之危者、則拠天下之安、能除天下之憂者、則享天下之楽、能救天下之禍者、則得天下之福。〔董昭等欲共進曹公、九錫備物、密訪於荀彧、彧不許。操心不平、遂殺之。范曄論曰、「世之言荀君通塞、或過矣。常以中賢以下、遂無求備。智算有所研疎、原始未必要終、斯理之不可全詰者也。夫以衛賜之賢、一説而斃両国、彼非薄於人而欲之、盖有全、必有衰也。斯又功之不可兼者矣。方時運之遭非雄才無以済其弱、功高勢強、則皇器自移矣。此又時之不可並也、盖取其帰正而已、亦殺身以成仁之義也。」〕
書き下し
夫れ能く天下の危うきを扶くる者は、則ち天下の安きに拠り、能く天下の憂いを除く者は、則ち天下の楽しみを享け、能く天下の禍を救う者は、則ち天下の福を得。〔董昭等、共に曹公を進めて、九錫備物せんと欲し、密かに荀彧に訪う。彧許さず。操、心平らかならず、遂に之を殺す。范曄論じて曰く「世の荀君の通塞を言うは、或いは過てり。常に中賢以下を以てして、遂に備わるを求むること無し。智算に研疏する所有り、始めを原ぬるも未だ必ずしも終わりを要めず。斯の理の全く詰むべからざる者なり。夫れ衛賜の賢を以てして、一説にして両国を斃す。彼は人に薄くして之を欲するに非ず。蓋し全き有れば、必ず衰うる有るなり。斯れ又た功の兼ぬべからざる者なり。時運の遭うに方りて、雄才に非ずんば以て其の弱きを済うこと無し。功高く勢い強ければ、則ち皇器自ら移る。此れ又た時の並ぶべからざるなり。蓋し其の正に帰するを取るのみ。亦た身を殺して以て仁を成すの義なり」と。〕
現代語訳
天下の危機を支えることのできる者が天下の安泰に拠り、天下の憂いを除くことのできる者が天下の楽しみを受け、天下の禍を救うことのできる者が天下の福を得る。〔董昭らは、ともに曹操を魏公に進め、九錫の礼物を備えさせようとして、ひそかに荀彧に相談した。荀彧は許さなかった。曹操は心穏やかでなく、ついに荀彧を死なせた。范曄は論じて言う。「世の人が荀彧の進退を論じるのは、行き過ぎのことがある。普通の賢人以下に完全を求めることはしないものだ。知恵と計算にも粗い点はあり、始めを考えても必ずしも終わりまで見通せるわけではない。この道理は完全には問い詰められない。子貢ほどの賢人でも、一度の遊説で二つの国を倒した。人に冷たくてそうしたのではない。完全なものがあれば必ず衰えがあるのだ。これもまた功が両立しないということである。時運に遭ったとき、雄才がなければ弱い王室を救えない。しかし功が高く勢いが強くなれば、帝位は自然に移っていく。これもまた時が両立しないということだ。荀彧は最後に正道に帰ったことを取るべきで、それもまた身を殺して仁を成すという義である」。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』三国権太祖、迎えて許に都せんことを議す。或るひと以為えらく、山東未だ定まらず、不可なりと。荀彧、太祖に勧めて曰く「昔、晋の文は周の襄王を納れて、諸侯景のごとく従い、高祖は東伐して、義帝の為に縞素し、天下心を帰す。天子播越せしより、将軍首めて義兵を唱う。山東の擾乱を以て、未だ遠く関右に赴くこと能わずと雖も、然れども猶お将帥を分遣し、険を蒙りて使いを通ず。外難を禦ぐと雖も、乃ち心は王室に在らざる無し。是れ将軍の天下を匡すの素志なり。今、車駕軫を旋らし、義士には本を存するの思い有り、百姓は旧に感じて哀しみを増す。誠に此の時に因りて主上を奉じて以て人望に従うは、大順なり。至公を秉りて以て雄傑を服するは、大略なり。弘義を扶けて以て英俊を致すは、大徳なり。天下に逆節有りと雖も、累いを為すこと能わざること、明らかなり。韓暹・楊奉、其れ敢えて害を為さんや。若し時に定めずんば、四方心を生じ、後に之を慮ると雖も、及ぶこと無からん」と。
-
『長短経』君徳炎精競わずより、宇県分崩す。曹孟徳は天子を挟みて諸侯に令し、劉玄徳は蜀漢の阻に憑り、孫仲謀は江淮の固に負き、天下を三分して鼎足して立つ。皆な肇めて王業を開き、覇図を光啓す。三方の君、孰れか優劣有らん。虞南曰く「曹公の兵機智算は、殆ど与に敵し難し。故に能く迹を肇め基を開き、中に居て相と作る。実に英雄の才有り。然れども譎詭常ならず、雄猜にして忌むこと多し。伏后を殺し荀彧を鴆し、孔融を誅し崔琰を戮するに至る。婁生は一言に斃れ、桓邵は下拝に労す。徳を棄て刑に任じ、其の虐已に甚だし。坐して西伯を論ずるに、実に其の人に非ず。許劭の所謂『治世の能臣、乱世の姦雄』とは、斯の言当たれりと為す」と。
-
『長短経』三国権曹氏は義を率いて乱を撥め、代々其の功を載す。文帝の時に至りて、天人能に与す。遂に漢の禅りを受く。〔劉廙、勧進して曰く「臣聞く、符命は虚しく見れず、衆心は違うべからず、と。故に孔子曰く『周公は其れ聖ならざるか。天下を以て譲るは、是れ天地日月の軽々しく其の万物を去るなり』と。是を以て舜は天下を享くるに、拝せずして受く。今、火徳の気尽き、炎上の数終わる。帝は明徳に遷り、祚は大魏に隆んなり。符瑞昭晢にして命を受くること既に固し。光天の下、神人同じく応ず。有虞の儀鳳、周の躍魚有りと雖も、之を今の事に方ぶるに、未だ喩えと為すに足らず。而るに陛下は天命に違いて以て小行を飾り、人心に逆らいて以て私志を守る。上は皇穹の眷みる旨に忤い、中は聖人の達節の数を忘れ、下は人臣の翹首の望みに孤く。聖道を高衢に揚げ、無窮の懿勲を垂るる所以に非ざるなり。臣等聞く、君に事うるに可を献じ否を替うるの道有り、上に奉ずるに逆鱗固争の義有り、と。臣等敢えて死を以て請う」と。
-
『長短経』三国権太祖、洛陽に至り、天子を奉じて許に都す。其の弛紊を維ぎ、其の贅旒を紉ぎ、我が漢家をして旧物を失わざらしむ。是に於て籌を運らし謀を演べ、宇内を鞭撻し、北は袁紹を破り、南は劉琮を虜にし、東は公孫康を挙げ、西は張魯を夷ぐ。〔議に曰く、劉表の諸傑、中間に自ら呑并有りと雖も、乃ち揚雄の所謂「六国蚩蚩として、嬴の為に姫を弱むる者なり」。并呑衆しと雖も、適に吾が為に奉ずる所以なり。〕九州百郡、十に其の八を并す。志績未だ究めずして、中世にして殞す。
-
『長短経』三国権曩に樊・酈・絳・灌をして数十城に拠りて王たらしめば、今は以て残亡すと雖も可なり。信・越の倫をして、列して徹侯と為りて居らしめば、今に至るまで存すと雖も可なり。然らば則ち天下の大計も亦た知るべきのみ。諸侯の皆忠附せんことを欲せば、則ち長沙王の如くならしむるに若くは莫く、臣子の葅醢せられざらんことを欲せば、則ち樊・酈等の如くならしむるに若くは莫く、天下の治安を欲せば、則ち衆く諸侯を建てて其の力を少なくするに若くは莫し」と。此を以て之を観れば、専城に令する者は、皆提封千里にして、人民有り、特に百里の資に非ざるなり。官は才を以て肺附に属し、特に母親の疏きに非ざるなり。呉は江湖に拠り、蜀は天険を阻む。特に山海の利に非ざるなり。州に跨り郡を連ね、形束壌制す。特に偶国の害に非ざるなり。若し万世の変に遭い、七子の禍有らば、則ち諱むべからず。有国者、察せざるべからず。〔魏の明帝、黄権に問いて曰く「今、三国鼎峙す。何れの方か正と為す」と。対えて曰く「当に天文を以て之を正すべし。往年、熒惑、心を守りて、文帝崩ず。呉・蜀二国の主は事無し。是に由りて之を観れば、魏正統なり」と。〕
-
『長短経』三国権〔蜀・呉・魏〕論に曰く、臣聞く、昔、漢氏綱ならず、網は凶狡を漏らす。袁本初は河朔に虎視し、劉景升は荊州に鵲起し、馬超・韓遂は関西に雄拠し、呂布・陳宮は東夏に命を竊む。遼河・海岱、王公十数、皆兵百万・鉄騎千群を阻み、合従して交わりを締び、一時の傑たり。然れども曹操は天子を挟みて諸侯に令し、六七年の間、夷滅する者十に八九。唯だ呉・蜀は蕞爾たる国なり。地図を以て之を案ずるに、纔かに四州の土にして、中原の大都に如かず。人は公戦に怯え、私闘に勇み、軽く走り易く北げ、諸華の士に敵せず。長を角べ大を量り、才を比べ力を称うるに、二袁・劉・呂の盛んなるに若かず。此の二雄は新造未集の国を以て、逆上不侔の勢いに資るも、然れども能く剣を撫して顧眄し、曹氏と権を争い、馬を躍らせて指麾し、利は南海を尽くす。何ぞや。則ち地利同じからず、勢い之をして然らしむるのみ。