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長短経 / 三国権

太祖至洛陽、奉天子都許。維其㢮紊、紉其贅旒、俾我漢家不失舊物矣。於是運籌演謀、鞭撻宇内、北破袁紹、南虜劉琮、東舉公孫康、西夷張魯。〔議曰、劉表諸傑、雖中間自有呑并、乃揚雄所謂「六國蚩蚩、為嬴弱姬者也。」幷呑雖衆、適所以為吾奉也。〕九州百郡、十并其八、志績未究、中世而殞。

新字:太祖至洛陽、奉天子都許。維其㢮紊、紉其贅旒、俾我漢家不失旧物矣。於是運籌演謀、鞭撻宇内、北破袁紹、南虜劉琮、東舉公孫康、西夷張魯。〔議曰、劉表諸傑、雖中間自有呑并、乃揚雄所謂「六国蚩蚩、為嬴弱姫者也。」幷呑雖衆、適所以為吾奉也。〕九州百郡、十并其八、志績未究、中世而殞。

書き下し

太祖、洛陽に至り、天子を奉じて許に都す。其の弛紊を維ぎ、其の贅旒を紉ぎ、我が漢家をして旧物を失わざらしむ。是に於て籌を運らし謀を演べ、宇内を鞭撻し、北は袁紹を破り、南は劉琮を虜にし、東は公孫康を挙げ、西は張魯を夷ぐ。〔議に曰く、劉表の諸傑、中間に自ら呑并有りと雖も、乃ち揚雄の所謂「六国蚩蚩として、嬴の為に姫を弱むる者なり」。并呑衆しと雖も、適に吾が為に奉ずる所以なり。〕九州百郡、十に其の八を并す。志績未だ究めずして、中世にして殞す。

現代語訳

曹操は洛陽に至り、天子を奉じて許を都とした。緩み乱れた綱紀をつなぎ直し、垂れ下がった旗の飾りを結び直すように、漢の王室に古来のものを失わせなかった。そこで計略をめぐらし謀を広げ、天下を鞭打ち、北は袁紹を破り、南は劉琮を捕らえ、東は公孫康を従え、西は張魯を平らげた。〔論じて言う。劉表ら群雄の間で互いに併合し合うことがあったが、それは揚雄の言う「六国が愚かに争って、秦のために周を弱めた」ようなものだ。併合が多くても、ちょうど自分のために献上してくれていたにすぎない。〕九州百郡のうち十に八を併せたが、志と事業を究めないうちに、生涯の半ばで世を去った。

解説

天子を迎えた曹操は、その権威を背に北の袁紹、南の劉琮、東の公孫康、西の張魯を次々に平らげました。注の指摘が鋭い。群雄が互いに併合し合っていたのは、結局まとめて曹操に献上するための下ごしらえだった、と。小さな勢力が争って大きくなるほど、最後に呑み込む側は一度で多くを得ます。競合同士の潰し合いは、それを見ている一番大きな者のために行われていることがあるのです。

この章句が説くこと

三国権曹操統一併合漁夫の利揚雄

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