長短経 / 三国権
西平麴光殺其郡守以叛、諸將欲擊之。張旣曰、「唯光等造反、郡人未必悉同。若便以軍臨之、吏人、羌胡必謂國家不别是非、更使皆相特著、此為虎傅翼也。光等欲以羌胡為援、今先使羌胡鈔擊、重其賞、所虜獲者、皆以俾之、外阻其勢、内離其交、必不戰而定。」乃檄告喻諸為光等所誤者、原之、能斬賊帥送首者、加封。於是光部黨斬送光首。此九州百郡十并其八之大畧也。〕
新字:西平麴光殺其郡守以叛、諸将欲撃之。張既曰、「唯光等造反、郡人未必悉同。若便以軍臨之、吏人、羌胡必謂国家不別是非、更使皆相特著、此為虎傅翼也。光等欲以羌胡為援、今先使羌胡鈔撃、重其賞、所虜獲者、皆以俾之、外阻其勢、内離其交、必不戦而定。」乃檄告喩諸為光等所誤者、原之、能斬賊帥送首者、加封。於是光部党斬送光首。此九州百郡十并其八之大略也。〕
書き下し
西平の麴光、其の郡守を殺して以て叛く。諸将之を撃たんと欲す。張既曰く「唯だ光等のみ造反し、郡人は未だ必ずしも悉く同じからず。若し便ち軍を以て之に臨まば、吏人・羌胡は必ず国家は是非を別たずと謂い、更に皆をして相持著せしめん。此れ虎の為に翼を傅くるなり。光等は羌胡を以て援と為さんと欲す。今、先ず羌胡をして鈔撃せしめ、其の賞を重くし、虜獲する所の者は、皆以て之に俾えば、外は其の勢いを阻み、内は其の交わりを離し、必ず戦わずして定まらん」と。乃ち檄して諸々の光等に誤らるる者を告喩し、之を原し、能く賊帥を斬りて首を送る者には封を加う。是に於て光の部党、光の首を斬り送る。此れ九州百郡、十に其の八を并するの大略なり。〕
現代語訳
西平の麴光が郡守を殺して背いた。諸将は討伐しようとした。張既は言った。「背いたのは麴光らだけで、郡の人々が皆同じ考えとは限りません。もしすぐに軍を差し向ければ、役人も羌族や胡族も、国は是非を区別しないと思い、かえって皆を麴光に結びつけてしまいます。これは虎に翼をつけるようなものです。麴光らは羌族・胡族を後ろ盾にしようとしています。いま先に羌族・胡族に麴光らを襲わせ、褒美を重くし、奪ったものはすべて彼らに与えれば、外からは勢いを阻み、内では結びつきを引き離すことになり、必ず戦わずに平定できます」。そこで檄文を出して、麴光らに惑わされた者に諭し、罪を許し、賊の首領を斬って首を送った者には領地を加えると告げた。すると麴光の一党が麴光の首を斬って送ってきた。これが九州百郡のうち十に八を併せた大略である。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』伐交漢の宣帝の時、先零は罕开羌と仇を解き、党を合わせて寇を為す。帝、趙充国に命じて先ず罕开を誅せしむ。充国、便宜を守りて従わず、書を上りて曰く「先零羌虜は、背叛有らんと欲す。故に罕开と仇を解く。然れども其の私心は忘るること能わず、漢兵至りて罕开之に背かんことを恐る。臣愚以為えらく、其の計は常に罕开の急に赴きて、以て其の約を堅くせんと欲す。先ず罕羌を撃たば、先零必ず之を助けん。今、虜の馬肥え、糧方に饒し。之を撃つも、恐らくは傷害すること能わず、適に先零をして徳を罕羌に施すことを得しめ、其の約を堅くし、其の党を合わせしめん。虜の交わり堅く党合わせば、之を誅するに力を用うること数倍ならん。臣恐らくは国家の憂累、十数年に由り、二三歳のみならざらん。先ず先零を誅すれば、則ち罕开の属は、兵を煩わさずして服せん」と。帝之に従う。果たして策の如し。
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『長短経』三国権今、議する者、或いは舟を汎べて径ちに済り、江表に横行せんと欲し、或いは道を倍にして並び進み、其の城塁を攻めんと欲し、或いは大いに疆場に佃して釁を観て動かんと欲す。此の三者は皆賊を取るの常計なり。然れども之を施すこと機に当たれば則ち功成り、苟も節に応ぜずんば、必ず後患を貽さん。兵を治めしより已来、出入三載、掩襲の軍に非ざるなり。賊は元帥を喪い、利は退守に存す。若し船を津要に羅ね、城を堅くし野を清くせば、横行の計は、其れ殆ど捷ち難からん。賊の寇を為すこと幾ど六十年、君臣偽りて立ち、吉凶患いを同じくす。若し恪其の弊を蠲かば、天の疾を奪う。崩潰の応は、卒かに待つべからざるなり。今、賊は羅落を設け、又た重密を持し、間諜行われず、耳目聞く無し。夫れ軍に耳目無く、校察未だ詳らかならずして、大衆を挙げて以て巨険に臨むは、此れ希幸邀功と為し、先に戦いて後に勝ちを求むるなり。全軍の長策に非ざるなり。唯だ大佃のみ最も差や完牢にして、兵は民の表に出で、寇鈔も犯さず、坐して積穀を食い、運士を煩わさず。釁に乗じて討襲し、遠く労費すること無し。此れ軍の急務なり。
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