長短経 / 三国権
操得其水軍舩歩卒數十萬、吴將士聞之皆恐。孫權延見羣下、問以計筞議者咸曰、「曹公、豺虎也。託名漢相、挟天子以征四方、動以朝庭為辭。今日拒之、事更不順。且將軍大勢可以距操者、長江也。今操得荆州、奄有其地、劉表治水軍、蒙衝鬬艦乃以千數、操悉浮以沿江、兼有步兵、水陸俱下、此為長江之險、已與我共之矣!而勢力衆寡又不可論。愚謂大計、不如迎之。」
新字:操得其水軍舩歩卒数十万、呉将士聞之皆恐。孫権延見羣下、問以計筞議者咸曰、「曹公、豺虎也。託名漢相、挟天子以征四方、動以朝庭為辞。今日拒之、事更不順。且将軍大勢可以距操者、長江也。今操得荆州、奄有其地、劉表治水軍、蒙衝闘艦乃以千数、操悉浮以沿江、兼有歩兵、水陸倶下、此為長江之険、已与我共之矣!而勢力衆寡又不可論。愚謂大計、不如迎之。」
書き下し
操、其の水軍の船・歩卒数十万を得。呉の将士之を聞き、皆恐る。孫権、群下を延見し、問うに計策を以てす。議する者咸な曰く「曹公は豺虎なり。名を漢の相に託し、天子を挟みて以て四方を征し、動もすれば朝廷を以て辞と為す。今日之を拒げば、事更に順ならず。且つ将軍の大勢の以て操を距ぐべき者は、長江なり。今、操は荊州を得て、奄く其の地を有す。劉表の治めし水軍、蒙衝闘艦は乃ち千を以て数う。操悉く浮かべて以て江に沿い、兼ねて歩兵有りて、水陸俱に下る。此れ長江の険、已に我と之を共にするなり。而して勢力の衆寡も又た論ずべからず。愚謂えらく、大計は之を迎うるに如かず」と。
現代語訳
曹操は荊州の水軍の船と歩兵数十万を手に入れた。呉の将兵はこれを聞いて皆恐れた。孫権は臣下を集めて計策を問うた。議論する者は皆言った。「曹公は山犬や虎のような者です。漢の丞相の名を借り、天子を擁して四方を征伐し、何かあれば朝廷の命だと言います。今日これに逆らえば、ますます道理に合わなくなります。しかも将軍が曹操を防げる大きな頼みは長江です。いま曹操は荊州を得て、その地をすべて手に入れました。劉表が育てた水軍の突撃艦や戦艦は千を数えます。曹操はそれをすべて長江に浮かべ、歩兵も合わせて水陸から下ってきます。これでは長江の険しさを、すでに我々と共有しているのです。兵力の差は論じるまでもありません。私の考えでは、迎え入れるのが一番です」。
解説

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