韓非子 / 存韓第二
計者、所以定事也。不可不察也。
書き下し
計は事を定むる所以なり。察せざる可からざるなり。
現代語訳
戦略(計)とは、物事を決定するための根拠である。だからこそ、詳細に検討(察)しなければならない。
解説
「計画とは、物事を決めるための拠り所である。だからこそ、詳しく調べ考えなければならない」という教えです。何かを決めるとき、その場の勢いや思い付きだけに頼るのではなく、事前にきちんと調べ、考えを尽くすことが欠かせません。家を買う、子供の進学先を選ぶ、店を始めるといった暮らしの大きな決め事も同じで、なんとなくの印象だけで決めてしまえば、後になって「もっとよく調べておけばよかった」と悔やむことになりかねません。人をまとめる立場にある人ほど、思い付きではなく、地道な下調べと見極めに基づいて物事を決めるべきです。その積み重ねが、進むべき道をはっきりと示してくれるのです。
この章句が説くこと
戦略策定デューデリジェンスデータドリブン意思決定計画分析
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