長短経 / 三国権
〔初、䇿有是謀也、衆皆懼、魏謀臣郭嘉料之曰、「䇿、英雄豪桀能得人死力。然輕而無備、雖有百萬之衆、無異於獨行中原。若刺客伏起、一人之敵耳。以吾觀之、必死於匹夫之手。」果為許貢客所殺也。〕
新字:〔初、策有是謀也、衆皆懼、魏謀臣郭嘉料之曰、「策、英雄豪桀能得人死力。然軽而無備、雖有百万之衆、無異於独行中原。若刺客伏起、一人之敵耳。以吾観之、必死於匹夫之手。」果為許貢客所殺也。〕
書き下し
〔初め、策に是の謀有るや、衆皆懼る。魏の謀臣郭嘉、之を料りて曰く「策は英雄豪傑にして、能く人の死力を得。然れども軽くして備え無し。百万の衆有りと雖も、中原を独行するに異なる無し。若し刺客伏して起たば、一人の敵のみ。吾を以て之を観れば、必ず匹夫の手に死せん」と。果たして許貢の客の殺す所と為るなり。〕
現代語訳
〔はじめ孫策に許都を襲う計画があると聞いて、皆が恐れた。魏の謀臣郭嘉はこれを見通して言った。「孫策は英雄豪傑で、人に死力を尽くさせることができる。しかし軽はずみで身の備えがない。百万の兵がいても、中原を一人で歩いているのと変わらない。もし刺客が伏せて襲いかかれば、一人の敵にすぎない。私の見るところ、必ず名もない者の手にかかって死ぬだろう」。果たして許貢の食客に殺された。〕
解説
孫策の計画に魏の人々が恐れる中、郭嘉だけは落ち着いていました。孫策は人を惹きつける英雄だが、自分の身の守りに無頓着だ。百万の兵を率いていても、刺客の前では一人の人間にすぎない。郭嘉は軍の強さではなく、指導者個人の隙を見たのです。組織がどれほど強くても、その中心にいる一人が倒れれば全体が止まる。英雄の魅力である大胆さが、そのまま最大の弱点でした。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
三国権郭嘉孫策油断指導者リスク
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