長短経 / 三国権
後漢靈、獻時、閹人擅命、天下提契、政在家門。〔何進謀誅閹官太后不從。進乃召董卓詣京師、以脅廹太后。宻令卓上書曰、「中常侍張讓等竊幸乗寵、濁亂海内。昔趙鞅興晋陽之甲、以逐君側之惡。輙鳴鐘如洛陽、討讓等罪。」卓未至、進敗、及卓到、遂廢立、天下亂矣。議曰、家門、大夫也。〕
新字:後漢霊、献時、閹人擅命、天下提契、政在家門。〔何進謀誅閹官太后不従。進乃召董卓詣京師、以脅迫太后。密令卓上書曰、「中常侍張譲等窃幸乗寵、濁乱海内。昔趙鞅興晋陽之甲、以逐君側之悪。輙鳴鐘如洛陽、討譲等罪。」卓未至、進敗、及卓到、遂廃立、天下乱矣。議曰、家門、大夫也。〕
書き下し
後漢の霊・献の時、閹人命を擅にし、天下提契し、政は家門に在り。〔何進、閹官を誅せんと謀るも、太后従わず。進乃ち董卓を召して京師に詣らしめ、以て太后を脅迫す。密かに卓をして上書せしめて曰く「中常侍張譲等、幸を竊み寵に乗じ、海内を濁乱す。昔、趙鞅は晋陽の甲を興して、以て君側の悪を逐う。輒ち鐘を鳴らして洛陽に如き、譲等の罪を討たん」と。卓未だ至らざるに、進敗る。卓の到るに及び、遂に廃立し、天下乱る。議に曰く、家門は大夫なり。〕
現代語訳
後漢の霊帝・献帝のころ、宦官が命令をほしいままにし、天下は離れ離れになり、政治は臣下の家にあった。〔何進は宦官を誅殺しようとしたが、太后が従わなかった。そこで何進は董卓を都に呼び寄せて太后に圧力をかけようとした。ひそかに董卓に上書させて言わせた。「中常侍張譲らは寵愛を盗んで天下を乱しています。昔、趙鞅は晋陽の兵を挙げて君主の側の悪人を追い払いました。私もすぐに鐘を鳴らして洛陽に向かい、張譲らの罪を討ちます」。董卓が着く前に何進は殺された。董卓は着くと皇帝を廃して別の皇帝を立て、天下は乱れた。論じて言う。家門とは大夫のことである。〕
解説
何進は宦官を除くために、外から董卓の軍を呼び寄せました。太后を動かすための脅しの道具のつもりだったのです。しかし何進は董卓が着く前に宦官に殺され、都に入った董卓は皇帝を廃立して天下を乱しました。内部の問題を外の力で解決しようとすると、その力は目的が済んでも帰ってくれません。君側の悪を除くという大義名分は、呼ばれた側にとって、都に入るための招待状にもなったのです。
この章句が説くこと
三国権何進董卓宦官外部の力名分
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『長短経』三国権〔霊帝崩じ、太子辯位に即く。并州牧董卓入朝し、因りて帝を廃して弘農王と為し、而して献帝を立つ。董卓を以て太師と為し、都を長安に遷す。司徒王允、卓を誅す。卓の将郭汜・李傕、長安城を囲み、城陥ちて王允を殺す。後に李傕、郭汜と隙有り、傕は天子を其の家に質とす。傕の将楊奉、傕を殺さんと謀り、事泄れて、傕に叛く。傕衰弱し、天子乃ち出奔するを得たり。楊奉、天子を以て洛陽に還らんと欲す。郭汜、天子を弘農の曹陽に追う。奉等敗れ、公卿を殺すこと略々尽く。天子河を渡り、安邑に都す。韓暹を以て征東将軍と為し、政を持して洛陽に還る。洛陽の宮室焼け尽き、百官荊棘を被る。太祖、天子を迎えて許に都す。韓暹・楊奉各々出奔す。〕
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