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長短経 / 三国権

淮南王劉安怨望其父厲王長死、謀為叛逆、問伍被曰、「吾舉兵西嚮諸侯必有應者、即無奈何。」被曰、「南収衡山〔衡州、〕以擊廬江〔廬州、〕有潯陽之舩守下雉之城〔在江夏、縣名也。、〕結九江之浦、絶豫章之口〔洪州是也、〕強弩臨江而守、以禁南郡之下、東収江都〔揚州也、〕㑹稽〔越州也、〕南通勁越、屈強江淮間、猶可一舉得延嵗月之夀。」王曰、「善。」未得發、㑹事泄、誅至。

新字:淮南王劉安怨望其父厲王長死、謀為叛逆、問伍被曰、「吾舉兵西嚮諸侯必有応者、即無奈何。」被曰、「南収衡山〔衡州、〕以撃廬江〔廬州、〕有潯陽之舩守下雉之城〔在江夏、県名也。、〕結九江之浦、絶予章之口〔洪州是也、〕強弩臨江而守、以禁南郡之下、東収江都〔揚州也、〕会稽〔越州也、〕南通勁越、屈強江淮間、猶可一舉得延歳月之寿。」王曰、「善。」未得発、会事泄、誅至。

書き下し

淮南王劉安、其の父厲王長の死を怨望し、謀りて叛逆を為さんとし、伍被に問いて曰く「吾、兵を挙げて西に嚮かわば、諸侯必ず応ずる者有らん。即し無くんば奈何せん」と。被曰く「南のかた衡山を収め〔衡州〕、以て廬江を撃ち〔廬州〕、潯陽の船を有ち、下雉の城を守り〔江夏に在り、県名なり〕、九江の浦を結び、豫章の口を絶ち〔洪州是れなり〕、強弩もて江に臨みて守り、以て南郡の下るを禁じ、東のかた江都〔揚州なり〕・会稽〔越州なり〕を収め、南のかた勁越に通じ、江・淮の間に屈強せば、猶お一挙にして歳月の寿を延ぶるを得べし」と。王曰く「善し」と。未だ発するを得ざるに、会々事泄れ、誅至る。

現代語訳

淮南王劉安は、父の厲王劉長の死を恨み、反逆を企てて伍被に問うた。「私が兵を挙げて西へ向かえば、諸侯の中に必ず応じる者がいるだろう。もしいなかったらどうするか」。伍被は言った。「南に衡山を収め〔衡州〕、廬江を撃ち〔廬州〕、潯陽の船を手に入れ、下雉の城を守り〔江夏にある県名〕、九江の岸を結び、豫章の入口を断ち〔洪州〕、強い弩を並べて長江に臨んで守り、南郡の軍が下ってくるのを防ぎ、東に江都〔揚州〕・会稽〔越州〕を収め、南は強い越と通じて、長江・淮水の間で強く立てば、一挙に何年かの命を延ばすことはできます」。王は「よし」と言った。しかし挙兵する前に計画が漏れ、誅殺された。

解説

劉安は、諸侯が応じなかったらどうするかと聞きました。伍被の答えは詳細ですが、結論は数年の命を延ばせるという程度のものです。長江と淮水の間の地形を使って守れば、しばらくは持つ。しかし天下を取れるとは一言も言っていない。伍被はもともとこの反乱に反対していました。相手が聞きたい計画を丁寧に語りながら、その限界を最後の一言に込めたのです。計画の最後に書かれた小さな結論こそ、よく読む必要があります。

この章句が説くこと

三国権劉安伍被計画限界反乱

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