長短経 / 三国権
〔議曰、吴蜀脣齒之國、蜀滅則吴亡、信乎?陸士衡曰、「夫蜀蓋蕃援之與國、而非吴人之存亡也。何則?其郊境之接、重山積險、陸無長轂之徑、川隘流迅水有驚波之難、雖有鋭師百萬、啓行不過千夫、舳艫千里、前驅不過百艦。故劉氏之伐陸公、譬之長蛇、其勢然也。」故黄權稱曰、「可以徃、難以返、此兵之絶地也。」古云、「夫道狭路嶮譬如兩䑕闘於穴、將勇者勝也。」〈〕
新字:〔議曰、呉蜀脣歯之国、蜀滅則呉亡、信乎?陸士衡曰、「夫蜀蓋蕃援之与国、而非呉人之存亡也。何則?其郊境之接、重山積険、陸無長轂之径、川隘流迅水有驚波之難、雖有鋭師百万、啓行不過千夫、舳艫千里、前駆不過百艦。故劉氏之伐陸公、譬之長蛇、其勢然也。」故黄権称曰、「可以往、難以返、此兵之絶地也。」古云、「夫道狭路嶮譬如両鼠闘於穴、将勇者勝也。」〈〕
書き下し
〔議に曰く、呉・蜀は脣歯の国、蜀滅ぶれば則ち呉亡ぶと、信なるか。陸士衡曰く「夫れ蜀は蓋し藩援の与国にして、呉人の存亡に非ざるなり。何となれば、其の郊境の接するや、重山積険にして、陸に長轂の径無く、川隘く流れ迅くして、水に驚波の難有り。鋭師百万有りと雖も、啓行するは千夫に過ぎず。舳艫千里なるも、前駆は百艦に過ぎず。故に劉氏の陸公を伐つや、之を長蛇に譬う。其の勢い然るなり」と。故に黄権称して曰く「以て往くべく、以て返り難し。此れ兵の絶地なり」と。古に云う「夫れ道狭く路険しきは、譬えば両鼠の穴に闘うが如し。将の勇なる者勝つなり」と。〈〕
現代語訳
〔論じて言う。呉と蜀は唇と歯のような国で、蜀が滅べば呉も滅ぶというのは本当か。陸機は言う。「蜀は呉を援ける同盟国ではあるが、呉の存亡を左右するものではない。なぜなら、両国の境は山が重なり険しく、陸には戦車が通る道がなく、川は狭く流れは速く、水上には荒波の難所がある。精兵が百万いても、先に進めるのは千人ほど。船が千里連なっても、先頭に立てるのは百隻ほどだ。だから劉備が陸遜を伐ったとき、長い蛇にたとえられた。地勢がそうさせたのだ」。だから黄権は「行くことはできても帰るのは難しい。これは兵にとって絶体絶命の地だ」と言った。古い言葉に「道が狭く険しいところでは、二匹の鼠が穴の中で戦うようなもので、将の勇ましい方が勝つ」とある。〈〕
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』地形疾く戦えば則ち存し、疾からざれば則ち亡ぶ者を、死地と為す〔前に高山有り、後ろに大水有り。進めば則ち得ず、退けば復た碍有り、又た糧乏絶す。故に死地と為す。死地に在る者は、当に士卒の尚お飽き、強志殊死なるに及ぶべし。故に以て俱に死すべし。故に経に曰く、死地は、吾将に之に示すに活きざるを以てせんとす、と〕。
-
孫子・地形篇孫子曰く、凡そ地形には通なる者、掛なる者、支なる者、隘なる者、険なる者、遠なる者あり。我も以て往くべく、彼も以て来たるべきを、通と曰う。通形には、先ず高陽に居り、糧道を利にして、以て戦えば則ち利あり。
-
李衛公問対・卷下太宗曰く、「太公云ふ、『歩兵を以て車騎と戦ふ者は、必ず丘墓・険阻に依る』と。又『孫子』に云ふ、『天隙の地、丘墓・故城は、兵処るべからず』と。如何。」靖曰く、
-
孫子・行軍篇斥沢を絶つには、惟だ亟やかに去りて留まること無かれ。若し軍を斥沢の中に交うれば、必ず水草に依りて衆樹を背にす。此れ斥沢に処るの軍なり。平陸には易きに処りて、右に高きを背にし、前は死し後は生く。此れ平陸に処るの軍なり。凡そ此の四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。
-
『長短経』地形又た六地有り。通有り、挂有り、支有り、隘有り、険有り、遠有り〔六地の名なり〕。我以て往くべく、彼以て来たるべきを、通と曰う〔俱に平陵に在りて、往来通利なるを謂うなり〕。通地に居りては、先ず其の高陽に処り、糧道を利し、以て戦えば則ち利あり〔寧ろ人を致すも、人に致されず。已に先ず高地に処り、分かちて帰来の路に屯守を為し、敵をして已が糧道を絶たしめざるなり〕。以て往くべく、以て反り難きを、挂と曰う〔挂は相挂牽するなり〕。挂形に曰く、敵備え無くんば、出でて之に勝て。敵備え有らば、出でて勝たずして、以て反り難く、利あらず〔敵備え無くして之を攻むれば、勝つこと可なり。備え有りて之に勝つことを得ざれば、則ち還反し難きなり〕。
-
『智囊』武案・晁錯匈奴数しば辺に苦しむ。晁錯、上言して兵事を曰う。「臣聞く、兵を用いて戦に臨み、合刃の急に三有り。一に曰く地形を得ること、二に曰く卒の服習、三に曰く器用の利なること。故に兵法に曰く、器械利ならざれば、以て其の卒を敵に予うるなり。卒用うべからざれば、以て其の将を敵に予うるなり。将の兵を知らざれば、以て其の主を敵に予うるなり。君の将を択ばざれば、以て其の国を敵に予うるなり、と。四者は兵の至要なり。臣又た聞く、蛮夷を以て蛮夷を攻むるは、是れ中国の形なり、と。今匈奴の地形技藝は中国と異なる。山阪を上下し、谿澗を出入するは、中国の馬の与わざる所なり。険道傾仄にして、且つ馳せ且つ射るは、中国の騎の与わざる所なり。風雨に罷労し、飢渇にも困しまざるは、中国の人の与わざる所なり。此れ匈奴の長技なり。若し夫れ平原易地にして、軽車突騎ならば、則ち匈奴の衆は撓乱し易し。勁弩長戟、疏を射て遠きに及び、長短相雑じり、游弩往来し、什伍倶に前まば、則ち匈奴の兵は当たる能わず。材官騶発して、矢道同じく的すれば、則ち匈奴の革笥木薦は支うる能わず。馬を下りて地闘し、剣戟相接し、去就相薄らば、則ち匈奴の足は給する能わず。此れ中国の長技なり。此を以て観れば、匈奴の長技は三、中国の長技は五なり。