長短経 / 七雄略
〔賈誼曰、「欲天下之理安、莫若衆建諸侯而少其力、力少則易使義、國小則無邪心。令天下之制、若身之使臂、臂之使指、陛下割地定制。令齊、趙、楚各為若干國、使其子孫各受祖之分地、地盡而止。天子無所利焉。」又上疏曰、「陛下即不定制、如今之勢、不過一傳再傳諸侯猶且人恣而不制、豪植而大强、漢法不得行矣。
新字:〔賈誼曰、「欲天下之理安、莫若衆建諸侯而少其力、力少則易使義、国小則無邪心。令天下之制、若身之使臂、臂之使指、陛下割地定制。令斉、趙、楚各為若干国、使其子孫各受祖之分地、地尽而止。天子無所利焉。」又上疏曰、「陛下即不定制、如今之勢、不過一伝再伝諸侯猶且人恣而不制、豪植而大強、漢法不得行矣。
書き下し
〔賈誼曰く「天下の理安からんことを欲せば、衆く諸侯を建てて其の力を少なくするに若くは莫し。力少なければ則ち義を使い易く、国小なれば則ち邪心無し。天下の制をして、身の臂を使い、臂の指を使うが若くならしめよ。陛下、地を割き制を定め、斉・趙・楚をして各々若干の国と為し、其の子孫をして各々祖の分地を受けしめ、地尽きて止めよ。天子は焉に利する所無し」と。又た上疏して曰く「陛下即し制を定めずんば、今の勢いの如くんば、一伝再伝に過ぎずして、諸侯猶お且つ人々恣にして制せず、豪植して大いに強く、漢法行わるるを得ざらん。
現代語訳
〔賈誼は言った。「天下の治めを安らかにしたいなら、諸侯をたくさん立ててその力を小さくするのがいちばんです。力が小さければ義によって使いやすく、国が小さければ邪心を持ちません。天下の制度を、体が腕を使い、腕が指を使うようにするのです。陛下は土地を割って制度を定め、斉・趙・楚をそれぞれいくつかの国に分け、その子孫に祖先の分の土地を受け継がせ、土地が尽きたら止める。天子はそこから何も取りません」。また上奏して言った。「陛下がもし制度を定めなければ、今の勢いのままでは一代二代を過ぎぬうちに、諸侯はそれぞれ勝手気ままになって制御できず、根を張って強大になり、漢の法は行われなくなるでしょう。
解説

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