長短経 / 七雄略
〔天下之士合縱相聚於趙、而欲攻秦。應侯曰、「王勿憂也、請令廢之。秦於天下之士、非有怨也、相聚而攻秦者、以欲富貴耳。王見王之狗乎?數千百狗為羣、卧者卧行者行、止者止。無相與鬬者。投之一骨、則羣起相呀、何者?有爭意也。今令載五千金隨唐睢、并載奇樂居武安、高㑹相飲、散不能三千金、天下之士相與鬬也。」〕
新字:〔天下之士合縦相聚於趙、而欲攻秦。応侯曰、「王勿憂也、請令廃之。秦於天下之士、非有怨也、相聚而攻秦者、以欲富貴耳。王見王之狗乎?数千百狗為羣、臥者臥行者行、止者止。無相与闘者。投之一骨、則羣起相呀、何者?有争意也。今令載五千金随唐睢、并載奇楽居武安、高会相飲、散不能三千金、天下之士相与闘也。」〕
書き下し
〔天下の士、合縦して趙に相聚まり、秦を攻めんと欲す。応侯曰く「王憂うること勿かれ。請う、之を廃せしめん。秦は天下の士に於いて、怨み有るに非ざるなり。相聚まりて秦を攻むる者は、以て富貴を欲するのみ。王は王の狗を見るか。数千百の狗、群れを為し、臥す者は臥し、行く者は行き、止まる者は止まり、相与に闘う者無し。之に一骨を投ずれば、則ち群起して相呀む。何となれば、争う意有ればなり。今、五千金を載せて唐雎に随わしめ、并せて奇楽を載せて武安に居らしめ、高会して相飲ましめば、散ずること三千金なる能わずして、天下の士相与に闘わん」と。〕
現代語訳
〔天下の士が合従して趙に集まり、秦を攻めようとした。応侯は言った。「王よ、ご心配なく。この合従を崩してみせます。秦は天下の士に恨みがあるわけではありません。集まって秦を攻めようとする者は、富貴が欲しいだけです。王はご自分の犬をご覧になったことがありますか。何百何千の犬が群れていても、寝る者は寝、歩く者は歩き、止まる者は止まり、互いに喧嘩する者はいません。ところが骨を一本投げ込めば、群れが起き上がって牙をむき合う。なぜか。奪い合う気持ちが生まれたからです。いま五千金を車に積んで唐雎に持たせ、珍しい楽団もつけて武安に置き、盛大に宴を開かせれば、三千金を配り終える前に、天下の士は互いに争い始めるでしょう」。〕
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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論語・憲問篇子路、成人を問う。子曰く、「臧武仲の知、公綽の不欲、卞荘子の勇、冉求の芸の若き、之を文るに礼楽を以てせば、亦た以て成人と為す可し。」曰く、「今の成人なる者は、何ぞ必ずしも然らん。利を見ては義を思い、危うきを見ては命を授け、久要平生の言を忘れざれば、亦た以て成人と為す可し。」
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