長短経 / 七雄略
於是楚人李斯、梁人尉繚、説於秦王曰、「秦自孝公已來、周室卑微、諸侯相兼、關東為六國、秦之乘勢侵諸侯、葢六代矣。今諸侯服秦、譬若郡縣。其君臣俱恐、若或合縱而出不意、此乃智伯、夫差、湣王所以亡也。願王無愛財、賂其豪臣、以亂其謀。秦不過亡三十萬金、則諸侯可盡。」秦王從其計、隂遣謀士賫金玉以逰諸侯。諸侯名士、可與財者、厚遺給之、不肯者、利劒刺之。離其君臣之計、乃使良將隨其後、遂并諸侯。
新字:於是楚人李斯、梁人尉繚、説於秦王曰、「秦自孝公已来、周室卑微、諸侯相兼、関東為六国、秦之乗勢侵諸侯、葢六代矣。今諸侯服秦、譬若郡県。其君臣倶恐、若或合縦而出不意、此乃智伯、夫差、湣王所以亡也。願王無愛財、賂其豪臣、以乱其謀。秦不過亡三十万金、則諸侯可尽。」秦王従其計、陰遣謀士賫金玉以遊諸侯。諸侯名士、可与財者、厚遺給之、不肯者、利劒刺之。離其君臣之計、乃使良将随其後、遂并諸侯。
書き下し
是に於て楚人李斯・梁人尉繚、秦王に説きて曰く「秦は孝公より已来、周室卑微にして、諸侯相兼ね、関東は六国と為る。秦の勢いに乗じて諸侯を侵すこと、蓋し六代なり。今、諸侯の秦に服すること、譬えば郡県の若し。其の君臣俱に恐る。若し或いは合縦して不意に出でば、此れ乃ち智伯・夫差・湣王の亡ぶる所以なり。願わくは王、財を愛しむこと無く、其の豪臣に賂いて、以て其の謀を乱せ。秦は三十万金を亡うに過ぎずして、則ち諸侯尽くすべし」と。秦王其の計に従い、陰かに謀士を遣わし、金玉を賫らして以て諸侯に遊ばしむ。諸侯の名士、財を与うべき者には、厚く遺りて之に給し、肯んぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、乃ち良将をして其の後に随わしめ、遂に諸侯を并す。
現代語訳
そこで楚の人李斯と魏の人尉繚が秦王に説いた。「秦は孝公以来、周の王室が衰え、諸侯が互いに併合し合い、関東は六国となりました。秦が勢いに乗って諸侯を侵してきたのは、六代に及びます。いま諸侯が秦に従うさまは、まるで秦の郡や県のようです。しかし彼らの君臣はみな恐れています。もし合従して不意を突かれれば、それこそ智伯・夫差・斉の湣王が滅んだ原因です。どうか王は財を惜しまず、諸侯の有力な臣に賄賂を贈って、その謀を乱してください。秦は三十万金を失うにすぎず、それで諸侯をことごとく平らげられます」。秦王はこの計に従い、ひそかに謀士を遣わし、金や玉を持たせて諸侯の国を回らせた。諸侯の名士で財で動く者には手厚く贈り、動かない者は鋭い剣で刺した。君臣の計画を引き離したうえで、優れた将に後から攻めさせ、ついに諸侯を併合した。
解説
この章句が説くこと
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