長短経 / 七雄略
昔雍門周以琴見齊孟嘗君、孟嘗君曰、「先生鼓琴、亦能令人悲乎?」對曰、「臣之所能令悲者、先貴而後賤、昔富而今貧、擯壓窮巷、不及四隣、不若身材高妙、懷質抱真、逢䜛離謗、怨結而不得伸、不若交歡而結愛、無怨而生離、逺赴他國、無相見期、不若幼無父母、壮無妻兒、出以野澤為都、入用窟穴為家、困於朝夕、無所假貸。若此人者、但聞鶵鳥之號、秋風鳴條、則傷心矣。臣一為之援琴而長太息、未有不悽惻而涕泣者也。
新字:昔雍門周以琴見斉孟嘗君、孟嘗君曰、「先生鼓琴、亦能令人悲乎?」対曰、「臣之所能令悲者、先貴而後賤、昔富而今貧、擯圧窮巷、不及四隣、不若身材高妙、懐質抱真、逢讒離謗、怨結而不得伸、不若交歓而結愛、無怨而生離、遠赴他国、無相見期、不若幼無父母、壮無妻児、出以野沢為都、入用窟穴為家、困於朝夕、無所仮貸。若此人者、但聞鶵鳥之号、秋風鳴条、則傷心矣。臣一為之援琴而長太息、未有不悽惻而涕泣者也。
書き下し
昔、雍門周、琴を以て斉の孟嘗君に見ゆ。孟嘗君曰く「先生の琴を鼓するは、亦た能く人をして悲しましむるか」と。対えて曰く「臣の能く悲しましむる所の者は、先に貴くして後に賤しく、昔は富みて今は貧しく、窮巷に擯圧せられ、四隣に及ばざる者なり。身材高妙にして、質を懐き真を抱くも、讒に逢い謗に離り、怨み結ぼれて伸ぶるを得ざる者に若かず。歓を交え愛を結び、怨み無くして生きながら離れ、遠く他国に赴きて、相い見ゆる期無き者に若かず。幼くして父母無く、壮にして妻児無く、出でては野沢を以て都と為し、入りては窟穴を用て家と為し、朝夕に困しみ、假貸する所無き者に若かず。此くの若き人は、但だ鶵鳥の号、秋風の条を鳴らすを聞けば、則ち心を傷ましむ。臣、一たび之が為に琴を援きて長太息すれば、未だ悽惻して涕泣せざる者有らざるなり。
現代語訳
昔、雍門周が琴を持って斉の孟嘗君に会った。孟嘗君は言った。「先生の琴は、人を悲しませることもできますか」。答えた。「私が悲しませられるのは、先に貴くて後に賤しくなり、昔は富んで今は貧しく、狭い路地に押し込められて隣近所にも及ばない者です。それより、才能に恵まれ質実で真心を抱きながら、讒言に遭い誹謗を受け、怨みが凝って晴らせない者のほうが。それより、親しく愛を結びながら、怨みもないのに生きたまま別れ、遠く他国へ行って再会の当てがない者のほうが。それより、幼くして父母がなく、壮年になって妻子がなく、出れば野や沢を都とし、入れば洞穴を家とし、朝夕に困窮して借りる先もない者のほうが。こういう人は、雛鳥の鳴き声や秋風が枝を鳴らす音を聞くだけで心が痛む。私が一度その人のために琴を弾いて長く息をつけば、しみじみと涙を流さない者はありません。
解説

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