長短経 / 七雄略
秦武王使樗里疾以車百乘入周、周君迎之甚敬。楚王讓周、以其重秦客也。逰勝為周謂楚王曰、「昔者智伯欲伐仇猶、遺大鍾載以廣車、因随之以兵。仇猶卒亡、無備故也。齊桓公之伐蔡也、號曰「誅楚」、其實襲蔡。今秦者、虎狼之國、有吞天下之心、使樗里子疾以車百乘入周、周君懼焉。以蔡、仇猶為戒、故使長兵居前、强弩居後、名曰「衛疾」、而實囚之。周君豈能無愛國哉?恐一旦國亡而憂大王也。」楚王乃恱
新字:秦武王使樗里疾以車百乗入周、周君迎之甚敬。楚王譲周、以其重秦客也。遊勝為周謂楚王曰、「昔者智伯欲伐仇猶、遺大鍾載以広車、因随之以兵。仇猶卒亡、無備故也。斉桓公之伐蔡也、号曰「誅楚」、其実襲蔡。今秦者、虎狼之国、有呑天下之心、使樗里子疾以車百乗入周、周君懼焉。以蔡、仇猶為戒、故使長兵居前、強弩居後、名曰「衛疾」、而実囚之。周君豈能無愛国哉?恐一旦国亡而憂大王也。」楚王乃恱
書き下し
秦の武王、樗里疾をして車百乗を以て周に入らしむ。周君、之を迎うること甚だ敬す。楚王、周を譲む。其の秦の客を重んずるを以てなり。遊勝、周の為に楚王に謂いて曰く「昔者、智伯、仇猶を伐たんと欲し、大鐘を遺るに広車を以て載せ、因りて之に随うに兵を以てす。仇猶、卒に亡ぶ。備え無きが故なり。斉の桓公の蔡を伐つや、号して楚を誅すと曰い、其の実は蔡を襲う。今、秦なる者は、虎狼の国なり。天下を呑むの心有り。樗里子疾をして車百乗を以て周に入らしむ。周君、焉を懼る。蔡・仇猶を以て戒めと為す。故に長兵をして前に居らしめ、強弩をして後に居らしむ。名は疾を衛ると曰いて、実は之を囚うなり。周君、豈に能く国を愛する無からんや。恐らくは一旦、国亡びて大王を憂えしめん」と。楚王、乃ち悦ぶ。
現代語訳
秦の武王が樗里疾に車百台で周に入らせた。周君はこれをたいへん恭しく迎えた。楚王は周を責めた。秦の客を重んじたからである。遊勝が周のために楚王に言った。「昔、智伯は仇猶を伐とうとして、大きな鐘を広い車に載せて贈り、それに続けて兵を進めた。仇猶はついに滅びた。備えがなかったからです。斉の桓公が蔡を伐ったときは、楚を誅すると号しながら、実際は蔡を襲った。いま秦は虎や狼の国で、天下を呑む心がある。樗里疾に車百台で周に入らせた。周君はこれを恐れた。蔡と仇猶を戒めとしたのです。だから長い武器を持つ者を前に置き、強い弩を後ろに置いた。名目は樗里疾を護衛するといいながら、実際は囚えているのです。周君がどうして国を愛さないことがありましょう。いつか国が滅んで大王に心配をかけることを恐れているのです」。楚王はそれで機嫌を直した。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・秦令樗里疾以車百乘入周秦樗里疾をして車百乘を以て周に入らしむ、周君これを迎ふるに卒を以てし、甚だ敬す。楚王怒り、周を讓むるに、其の秦客を重んずるを以てす。游騰楚王に謂ひて曰く、「昔智伯厹由を伐たんと欲し、これに大鍾を遺るに、載するに広車を以てし、因りて兵を随へて入る、厹由卒に亡ぶ、備へ無きが故なり。桓公蔡を伐つや、号して楚を伐つと言ひ、其の実蔡を襲ふ。今秦なる者は、虎狼の国なり、周を吞むの意を兼ね有す。樗里疾をして車百乘を以て周に入らしむ、周君これを懼れ、蔡、厹由を以てこれを戒め、故に長兵を前に在らしめ、強弩を後に在らしめ、名づけて疾を衛ると曰ふも、而して実はこれを囚ふるなり。周君豈に国を愛する無からんや、一日の亡国を恐れて、大王を憂ふるなり」と。楚王乃ち悅ぶ。
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『長短経』七雄略何を以て其の然るを知るや。智伯は趙を伐つの利を見て榆次の禍を知らず、呉王は斉を伐つの便を知りて干遂の敗を知らず。此の二国なる者は大功無きに非ざるなり。前に利に没して後に患いを易るなり。今、王、楚の毀たれざるを妬みて、楚を毀つの韓・魏を強くするを忘る。臣、王の為に慮りて、取らざるなり。王、重世の徳を韓・魏に無くして、累世の怨み有り。夫れ韓・魏の父兄子弟の踵を接して秦に死する者、将に十世ならんとす。身首分離し、骸を革沢に暴す者、境に相い望む。頸を繫ぎ手を束ねて群虜と為る者、路に相い望む。故に韓・魏の亡びざるは、秦の社稷の憂いなり。今、王、之を信じ、兵を与にして楚を攻む。亦た過ちならずや。
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『長短経』七雄略楚の頃襄王、斉・韓と連和し、因りて周を図らんと欲す。周の赧王、臣武公をして楚の相昭子に説かしむ。昭子曰く「乃ち周を図るは則ち之れ無し。然りと雖も、周、何の故にか図る可からざる」と。対えて曰く「夫れ西周の地は、長を絶ち短を補うも、百里に過ぎず。名は天下の共主と為るも、其の地を裂くも以て国を肥やすに足らず、其の衆を得るも以て兵を勁くするに足らず、之を攻むと雖も以て名を尊くするに足らず。然り而して好事の君、喜攻の臣、号を発し兵を用うるに、未だ嘗て周を以て終始と為さずんばあらざるは、是れ何ぞや。則ち祭器、焉に在ればなり。器の至るを欲して君を殺すの乱を忘る。今、韓、器を以て楚に之かば、臣、天下の器を以て楚を讐とせんことを恐る」と。是に於て、楚の計、輟みて行われず。
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『長短経』七雄略大王、誠に能く臣に聴かば、臣請う、山東の国をして、四時の献を奉じて、以て大王の明詔を承け、社稷を委ね、宗廟を奉じ、士を陳ね兵を厲まし、大王の之を用うる所に在らしめん。故に縦合すれば則ち楚王たり、横成れば則ち秦帝たり。今、覇王の業を釈てて、人に事うるの名有り。竊かに大王の為に取らざるなり。夫れ秦は、虎狼の国なり。天下を呑むの心有り。秦は、天下の仇讐なり。衡人は皆な諸侯の地を割きて以て秦に事えんと欲す。此れ所謂仇を養いて讐に奉ずるなり。大逆不忠、此に過ぐるは無し。故に従親すれば則ち諸侯は地を割きて以て楚に事え、衡合すれば則ち楚は地を割きて以て秦に事う。此の両策は相い去ること遠し。二者、大王、何くに居らんや。故に敝邑の趙王、臣をして愚計を効し、明約を奉ぜしむ。大王の詔に在り」と。楚王曰く「善し。謹みて社稷を奉じて以て従わん」と。
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『長短経』七雄略大王、嘗て呉人と戦い、五たび戦いて三たび勝つも、陣卒尽きたり。偏えに新城を守るも、存する民は苦しめり。臣聞く『功大なる者は危うき易く、人弊るる者は上を怨む』と。夫れ危うき易きの功を守りて、強秦の心に逆らう。臣、竊かに大王の為に之を危ぶむ。凡そ天下にして約を信じ従親する者は、蘇秦、封ぜられて武安君と為ればなり。蘇秦、燕に相たり、即ち陰かに燕王と斉を伐たんことを謀り、斉を破りて其の地を分かたんとす。乃ち佯りて罪有りと為し、出走して斉に入る。斉王、因りて受けて之に相たらしむ。居ること二年にして覚る。斉王大いに怒り、蘇秦を市に車裂す。夫れ一詐偽の蘇秦を以て、天下を経営し、諸侯を混一せんと欲するも、其の成る可からざるも亦た明らかなり。今、秦と楚と境を接し界を壌す。固より形親の国なり。大王、誠に能く臣に聴かば、臣請う、秦の太子をして質を楚に入れしめ、楚の太子をして質を秦に入れしめん。請う、秦の女を以て大王の箕帚の妾と為し、万室の都を効して、以て湯沐の邑と為し、長く昆弟の国と為り、身を終うるまで相い攻むる無からん。臣、以為えらく計、此より便なるは無し」と。楚王、乃ち秦と従親す。
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『長短経』七雄略楚人に弱弓微繳を以て帰雁の上に加うる者有り。楚の襄王、召して之に問う。乃ち対うるに秦・燕・趙・衛を以て鳥と為し、以て王を激怒せしめて曰く「夫れ先王、秦の欺く所と為りて、外に客死す。怨み焉より大なるは莫し。今、匹夫を以てして尚お万乗に報ずる有り。子胥・白公、是なり。今、楚の地は方五千里、帯甲百万を以てす。猶お以て中野に踊躍するに足る。而るに坐して伏を受く。臣、竊かに大王の為に取らず」と。襄王、遂に復た縦約を為して秦を伐つ。〉