長短経 / 七雄略
何以知其然耶?智伯見伐趙之利而不知榆次之禍、吳王知伐齊之便而不知干遂之敗。此二國者非無大功也、沒利於前而易患於後也。今王妬楚之不毁也、而忘毁楚之强韓魏也。臣為王慮、而不取也。王無重世之德於韓魏、而有累世之怨焉。夫韓魏父兄子弟接踵而死於秦者、將十世矣。身首分離、暴骸革澤者、相望於境、繫頸束手為羣虜者、相望於路。故韓魏之不亡、秦社稷之憂也。今王信之、與兵攻楚、不亦過乎?
新字:何以知其然耶?智伯見伐趙之利而不知榆次之禍、呉王知伐斉之便而不知干遂之敗。此二国者非無大功也、没利於前而易患於後也。今王妬楚之不毀也、而忘毀楚之強韓魏也。臣為王慮、而不取也。王無重世之徳於韓魏、而有累世之怨焉。夫韓魏父兄子弟接踵而死於秦者、将十世矣。身首分離、暴骸革沢者、相望於境、繋頸束手為羣虜者、相望於路。故韓魏之不亡、秦社稷之憂也。今王信之、与兵攻楚、不亦過乎?
書き下し
何を以て其の然るを知るや。智伯は趙を伐つの利を見て榆次の禍を知らず、呉王は斉を伐つの便を知りて干遂の敗を知らず。此の二国なる者は大功無きに非ざるなり。前に利に没して後に患いを易るなり。今、王、楚の毀たれざるを妬みて、楚を毀つの韓・魏を強くするを忘る。臣、王の為に慮りて、取らざるなり。王、重世の徳を韓・魏に無くして、累世の怨み有り。夫れ韓・魏の父兄子弟の踵を接して秦に死する者、将に十世ならんとす。身首分離し、骸を革沢に暴す者、境に相い望む。頸を繫ぎ手を束ねて群虜と為る者、路に相い望む。故に韓・魏の亡びざるは、秦の社稷の憂いなり。今、王、之を信じ、兵を与にして楚を攻む。亦た過ちならずや。
現代語訳
なぜそう言えるのか。智伯は趙を伐つ利を見て榆次の禍を知らず、呉王は斉を伐つ便を知って干遂の敗北を知らなかった。この二国は大きな功がなかったわけではない。目の前の利に沈んで、後の患いを軽く見たのです。いま王は楚が壊れないことを妬んで、楚を壊せば韓と魏が強くなることを忘れている。私は王のために考えて、取りません。王は韓と魏に代を重ねた恩徳がなく、累代の怨みがある。韓と魏の父兄子弟が次々と秦で死んでいるのは、もう十代になろうとしている。首と体が離れ、骸を沼にさらす者が境に見え、首を繋がれ手を縛られて捕虜の群れとなる者が路に見える。だから韓と魏が滅びないことは、秦の国家の憂いである。いま王はそれを信じて、兵をともにして楚を攻める。誤りではありませんか。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』七雄略諸侯、地の弱く食の寡なきを料らずして、縦人の甘言好辞を聴く。比周して以て相い飾り、其の主を誑誤す。此に過ぐるは無し。大王、秦に事えずんば、秦、甲を下して宜陽に拠り、韓の地を断たん。東のかた成皋・滎陽を取らば、則ち鴻台の宮、桑林の苑は、王の有に非ざるなり。夫れ成皋を塞ぎ、上地を絶たば、則ち王の国は分かれん。故に大王の為に計るに、秦の為にするに如くは莫し。秦の欲する所、弱むるは楚に如くは莫し。而して能く楚を弱むる者は韓に如くは莫し。韓の能く楚より強きを以てするに非ず。其の勢い然るなり。今、西面して秦に事え、以て楚を攻めば、秦王必ず喜ばん。夫れ楚を攻めて其の地を私し、禍を転じて秦を悦ばす。計、此より便なるは無し」と。宣王、之を聴く。
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『長短経』七雄略今、竊かに聞く、大王の卒、武士二十万、倉頭・奮撃二十万、厮徒十万、車六百乗、騎六千匹、と。此れ越王勾践・武王に過ぐること遠し。今、乃ち群臣の説を聴きて、臣として秦に事えんと欲す。夫れ秦に事うれば必ず地を割きて以て実を効す。故に兵未だ用いずして国已に虧く。夫れ人臣と為りて其の主の地を割きて以て外交し、偸みて一旦の功を取りて、其の後を顧みず、公家を破りて私門を成し、外は強秦の勢いを挟みて、以て内は其の王を刧かして以て地を割かんことを求む。願わくは大王、熟ら之を察せよ。周書に曰く『綿綿として絶えずんば、蔓蔓として奈何せん。毫釐にして伐らずんば、将に斧柯を用いんとす』と。前に慮り未だ定まらずして、後に大患有り。将た之を奈何せん。大王、誠に能く臣に聴かば、六国従親し、心を専らにし力を并せば、則ち必ず強秦の患い無からん。故に敝邑の趙王、臣をして愚計を効し、明約を奉ぜしむ。大王の之を詔するに在り」と。魏王曰く「謹みて教えを奉ぜん」と。
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『新序』善謀第九今王楚の毀たれざるを妬みて、楚を毀たば韓・魏を强くするを忘る。臣王の爲に慮りて取らざるなり。詩に曰く、大武は宅を遠くして涉らず、と。此れより之を觀れば、楚國は、援なり。鄰國は、敵なり。詩に曰く、躍躍たる毚兎も犬に遇えば之を獲。他人心有り、予之を忖度す、と。今王中道にして韓・魏の王を善くするを信ずるは、此れ吳の越に親しむなり。臣之を聞く、敵は假す可からず、時は失う可からず、と。臣恐る、韓・魏辭を卑くして患を除き、而して實は大國を欺くならんことを。何となれば則ち、王は重世の德を韓・魏に無くして、累世の怨み有ればなり。夫れ韓・魏の父子兄弟、踵を接して秦に死する者、將に十世ならんとす。本國殘なわれ、社稷壞れ、宗廟隳れ、腹を刳り腸を絶ち、顙を折り頸を摺き、身首分離し、骨を草澤に暴し、頭顱僵仆して境に相い望み、臣を係ぎ子を束ねて羣虜と爲る者、路に相い及ぶ。鬼神潢洋として食らう所無く、民生を聊んぜず、族類離散して流亡し僕妾と爲る者、海内に盈つ。故に韓・魏の亡びざるは、秦の社稷の憂いなり。今王之に齎して與に楚を攻む。亦た過ちならずや。
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『長短経』七雄略臣、王の為に慮るに、楚を善くするに若くは莫し。楚・秦合して一と為り以て韓に臨まば、韓必ず手を歛めん。王、施すに山東の険を以てし、帯ぶるに河曲の利を以てせば、韓は必ず関内侯と為らん。是くの若くして、王、十万を以て鄭を戍らば、梁の人、心を寒からしめん。許・鄢・陵・嬰、城して、上蔡・召陵、往来せざらん。是くの如くんば、魏も亦た関内侯と為らん。王、楚を善くして、両万乗の主を関内侯とし、地を斉に注がば、斉の右壌、手を拱きて取る可きなり。然る後に燕・趙を危動し、斉・楚を揺蕩せば、此の四国なる者、痛むを待たずして服せん」と。秦王曰く「善し」と。止めて楚を伐たず。
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『長短経』七雄略虎賁の士、百有余万、車千乗、騎万匹、粟は丘山の如し。法令既に明らかにして、士卒安楽す。主は明にして以て厳、将は智にして以て武なり。甲を出だす無しと雖も、常山の険を席巻し、必ず天下の脊を折らん。天下の後に服する者は先ず亡びん。且つ夫れ縦を為す者は、以て群羊を駆りて猛虎を攻むるに異なる無し。虎と羊と、格せざること明らかなり。今、王、虎と与にせずして群羊と与にす。臣、竊かに以為えらく大王の計、過てり。凡そ天下の強国は、秦に非ずんば楚、楚に非ずんば秦なり。両国交々争い、其の勢い両立せず。大王、秦と与にせずんば、秦、甲を下して宜陽に拠らば、韓の上地通ぜず。兵を河東・成皋に下さば、韓、必ず入りて臣たらん。則ち梁も亦た風に従いて動かん。秦、楚の西を攻め、韓、其の北を攻めば、社稷、安くんぞ危うき無きを得んや。臣聞く『兵、如かざる者は、与に挑戦する勿かれ。粟、如かざる者は、与に持久する勿かれ』と。
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『長短経』七雄略威王に説きて曰く「楚は、天下の強国なり。王は、天下の賢主なり。西に黔中・巫郡有り、東に夏州・海陽有り、南に洞庭・蒼梧有り、北に陘塞・郇陽有り。地は方五千余里、帯甲百万、車千乗、騎万匹、粟は十年を支う。此れ覇王の資なり。夫れ楚の強きと、大王の賢を以てすれば、天下、能く当たる莫し。今、乃ち西面して秦に事えば、則ち諸侯、西面して章台の下に朝せざる莫からん。秦の害する所、楚に如くは莫し。楚強ければ則ち秦弱く、秦強ければ則ち楚弱し。其の勢い両立せず。故に大王の為に計るに、従親して以て秦を孤にするに如くは莫し。大王、従親せずんば、秦、必ず両軍を起こさん。一軍は武関を出で、一軍は黔中に下らん。則ち鄢郢動かん。臣聞く、其の未だ乱れざるに之を治め、其の未だ有らざるに之を為す、と。患い至りて後に之を憂うれば、則ち及ぶ無きなり。故に願わくは大王、早く熟ら之を計れ。