長短経 / 七雄略
大王不聽秦、秦下甲士而東伐、雖欲事秦、不可得也。且夫從人多奮辭而少可信、説一諸侯而成封侯之業。是故、天下之逰談士、莫不日夜搤腕、瞋目、切齒以言縱之便、以説人主。人主賢其辯而牽其説、豈得無眩哉?臣聞之、積羽沉舟、羣輕折軸、衆口鑠金。故願大王審計定議。」魏王於是倍縱約、而請成於秦。
新字:大王不聴秦、秦下甲士而東伐、雖欲事秦、不可得也。且夫従人多奮辞而少可信、説一諸侯而成封侯之業。是故、天下之遊談士、莫不日夜搤腕、瞋目、切歯以言縦之便、以説人主。人主賢其弁而牽其説、豈得無眩哉?臣聞之、積羽沈舟、羣軽折軸、衆口鑠金。故願大王審計定議。」魏王於是倍縦約、而請成於秦。
書き下し
大王、秦に聴かずんば、秦、甲士を下して東のかた伐たん。秦に事えんと欲すと雖も、得可からざるなり。且つ夫れ従人は奮辞多くして信ず可き少なし。一諸侯に説きて封侯の業を成す。是の故に、天下の遊談の士、日夜、腕を搤し、目を瞋らし、歯を切して以て縦の便を言い、以て人主に説かざるは莫し。人主、其の弁を賢として其の説に牽かる。豈に眩む無きを得んや。臣、之を聞く、羽を積みて舟を沈め、群軽もて軸を折り、衆口もて金を鑠かす、と。故に願わくは大王、審らかに計り議を定めよ」と。魏王、是に於て縦約に倍きて、成を秦に請う。
現代語訳
大王が秦の言うことを聞かなければ、秦は兵を下して東へ伐つ。そのとき秦に仕えようとしても、もうできない。それに合従を説く者は勇ましい言葉が多く、信じられることは少ない。一人の諸侯を説き伏せて諸侯に封じられる身分を得る。だから天下の遊説の士は、日夜、腕をさすり目を怒らせ歯を食いしばって縦の便利さを説き、君主に売り込まない者はない。君主はその弁舌を賢いとして、その説に引かれる。どうして目がくらまずにいられよう。私が聞くところでは、羽根も積み重なれば舟を沈め、軽いものも集まれば車軸を折り、多くの口は金属をも溶かす、といいます。だから大王、よく計って議を定めてください」。魏王はここで合従の約に背き、秦に和を請うた。
解説
羽根も積もれば舟を沈め、多くの口は金属を溶かす。多数の声が事実を作ってしまうことへの警告です。そして遊説家の動機を暴きます。一人説き伏せれば諸侯になれるから、みな必死に売り込む。張儀自身がその一人であることを棚に上げた論ですが、指摘は正しい。熱心に勧めてくる人の取り分を確かめよ、ということです。多数の声は、正しさの証明にはなりません。
この章句が説くこと
七雄略張儀魏王衆口鑠金遊説動機
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