長短経 / 七雄略
楚懷王使柱國昭陽將兵伐魏、得八城、又移兵而攻齊。齊湣王患之。陳軫曰、「王勿憂也、請令罷之。」即往見昭陽於軍、再拜、賀戰勝之功、起而請曰、「敢問楚之法、覆車殺將、其官爵何也?」昭陽曰、「官為上柱國、爵為上執珪陳軫曰、「貴於此者、何等也?」曰、「唯有令尹耳。」
新字:楚懐王使柱国昭陽将兵伐魏、得八城、又移兵而攻斉。斉湣王患之。陳軫曰、「王勿憂也、請令罷之。」即往見昭陽於軍、再拝、賀戦勝之功、起而請曰、「敢問楚之法、覆車殺将、其官爵何也?」昭陽曰、「官為上柱国、爵為上執珪陳軫曰、「貴於此者、何等也?」曰、「唯有令尹耳。」
書き下し
楚の懐王、柱国昭陽をして兵を将いて魏を伐たしむ。八城を得たり。又た兵を移して斉を攻む。斉の湣王、之を患う。陳軫曰く「王、憂うる勿かれ。請う、之を罷めしめん」と。即ち往きて昭陽に軍に見え、再拝して、戦勝の功を賀す。起ちて請いて曰く「敢えて問う、楚の法、車を覆し将を殺せば、其の官爵は何ぞや」と。昭陽曰く「官は上柱国と為り、爵は上執珪と為る」と。陳軫曰く「此より貴き者は、何等ぞや」と。曰く「唯だ令尹有るのみ」と。
現代語訳
楚の懐王は柱国の昭陽に兵を率いて魏を伐たせた。八つの城を得た。さらに兵を移して斉を攻めようとした。斉の湣王はこれを憂えた。陳軫が言った。「王は憂えなくてよい。やめさせましょう」。そして昭陽の陣を訪ね、再拝して戦勝の功を祝った。立ち上がって尋ねた。「あえてお尋ねします。楚の法では、敵の車を覆し将を殺した者の官と爵はどうなりますか」。昭陽は言った。「官は上柱国、爵は上執珪です」。陳軫は言った。「これより貴いのは何ですか」。「令尹があるだけです」。
解説
撤退させるために、陳軫はまず戦勝を祝います。そして法の規定を本人に語らせる。上柱国と上執珪、その上は令尹だけ。相手の口から、もう上がないという事実を引き出しました。反論ではなく質問で、相手に前提を言わせる。この後の蛇足の話は、この二往復があってはじめて効きます。祝いの言葉から入ったので、相手は警戒せずに答えました。質問は、反論より深く刺さります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
七雄略陳軫昭陽斉湣王質問官爵
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