長短経 / 七雄略
〔韓攻宋、秦大怒、曰、「吾愛宋、韓氏與我交、而攻我所甚愛、何也?」蘇秦為韓説秦王曰、「韓氏之攻宋、所以為王也。以韓之强、輔之以宋、楚、魏必恐、恐必西面而事秦。王不折一兵、不殺一人、無事而割安邑、此韓氏之所以禱於秦也。」韓恵王聞秦好事、欲罷其人、無令東伐、乃使水工鄭國來聞秦、説秦王、令鑿涇水以溉田。中作而覺、欲誅鄭國。鄭國曰、「始臣為閒然渠成亦秦之利。臣為韓延數年命、為秦開萬代之利也。」王從之。〕蘓秦如魏〔魏之先、畢公髙之後、與周同姓。武王伐紂、封高於畢、以為姓。畢萬事晉獻公、獻公封萬於魏、以為大夫。後周烈王賜魏、俱得為諸侯。、〕
新字:〔韓攻宋、秦大怒、曰、「吾愛宋、韓氏与我交、而攻我所甚愛、何也?」蘇秦為韓説秦王曰、「韓氏之攻宋、所以為王也。以韓之強、輔之以宋、楚、魏必恐、恐必西面而事秦。王不折一兵、不殺一人、無事而割安邑、此韓氏之所以祷於秦也。」韓恵王聞秦好事、欲罷其人、無令東伐、乃使水工鄭国来聞秦、説秦王、令鑿涇水以溉田。中作而覚、欲誅鄭国。鄭国曰、「始臣為閒然渠成亦秦之利。臣為韓延数年命、為秦開万代之利也。」王従之。〕蘓秦如魏〔魏之先、畢公高之後、与周同姓。武王伐紂、封高於畢、以為姓。畢万事晋献公、献公封万於魏、以為大夫。後周烈王賜魏、倶得為諸侯。、〕
書き下し
〈韓、宋を攻む。秦、大いに怒りて曰く「吾、宋を愛す。韓氏、我と交わりて、我が甚だ愛する所を攻む。何ぞや」と。蘇秦、韓の為に秦王に説きて曰く「韓氏の宋を攻むるは、王の為にする所以なり。韓の強きを以て、之を輔くるに宋を以てせば、楚・魏は必ず恐れん。恐れなば必ず西面して秦に事えん。王、一兵を折らず、一人を殺さず、事無くして安邑を割く。此れ韓氏の秦に禱る所以なり」と。韓の恵王、秦の事を好むを聞き、其の人を罷めしめ、東のかた伐たしむる無からんと欲す。乃ち水工鄭国をして来たりて秦に聞かしめ、秦王に説き、涇水を鑿ちて以て田に漑がしむ。中ばに作して覚る。鄭国を誅せんと欲す。鄭国曰く「始め、臣は間を為す。然れども渠成らば亦た秦の利なり。臣は韓の為に数年の命を延べ、秦の為に万代の利を開くなり」と。王、之に従う。〉蘇秦、魏に如く。〈魏の先は、畢公高の後、周と姓を同じくす。武王、紂を伐ち、高を畢に封じ、以て姓と為す。畢万、晋の献公に事う。献公、万を魏に封じ、以て大夫と為す。後、周の烈王、魏に賜い、倶に諸侯と為るを得るなり。〉
現代語訳
〈韓が宋を攻めた。秦は大いに怒って言った。「私は宋を可愛がっている。韓氏は私と交わりながら、私が大切にしているものを攻める。なぜだ」。蘇秦は韓のために秦王に説いた。「韓氏が宋を攻めるのは、王のためです。強い韓が宋を得れば、楚と魏は必ず恐れる。恐れれば必ず西を向いて秦に仕える。王は一本の武器も折らず、一人も殺さず、何もせずに安邑を得る。これが韓氏が秦のために祈っていることです」。韓の恵王は秦が土木事業を好むと聞いて、秦の人手を使わせ、東へ伐たせないようにしようとした。そこで水利技術者の鄭国を送り込んで秦王に説かせ、涇水を掘って田に水を引かせた。途中で発覚した。鄭国を誅そうとした。鄭国は言った。「はじめ私は間諜でした。しかし用水路が完成すれば秦の利益になります。私は韓のために数年の寿命を延ばし、秦のために万代の利を開いたのです」。王はこれに従った。〉蘇秦は魏へ行った。〈魏の先祖は畢公高の後裔で、周と同じ姓である。武王が紂を伐ち、高を畢に封じてそれを姓とした。畢万は晋の献公に仕えた。献公は畢万を魏に封じて大夫とした。後に周の烈王が魏に爵を与え、ともに諸侯となった。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・功に食ましめて志に食ましめず言行齟齬するとは、議論に言うところと実地に行なうところと一様ならずということなり。「功に食ましめて志に食ましめず」とは、「実地の仕事次第によりてこそ物をも与うべけれ、その心になんと思うとも形もなき人の心事をば賞すべからず」との義なり。また俗間に、「某の説はともかくも、元来働きのなき人物なり」とてこれを軽蔑することあり。いずれも議論と実業と相当せざるを咎めたるものならん。
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『墨子』尚同中曰く、其の正長為ること此くの若し。是の故に出でて誅して勝つ者は、何の故を以てするや。曰く、唯だ尚同を以て政を為す者なり。故に古者、聖王の政を為すこと此くの若し。今、天下の人曰く、「方今の時、天鬼の福、得可きなり。萬民の便利する所にして能く彊めて焉に從事すれば、則ち萬民の親、得可きなり。其の政を為すこと此くの若し。是を以て事を謀り事を舉ぐれば成り、入りて守れば固し。上なる者は天鬼、其の政長為るに厚きこと有り、下なる者は萬民、其の政長為るに便利なること有り」と。天鬼の深く厚くする所にして、彊めて焉に從事すれば、則ち天下の正長、猶お未だ天下に廢せられざるなり。而るに天下の亂るる所以の者は、何の故を以てするや。
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論語・子張篇叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、「以て為すこと無かれ。仲尼は毀る可からざるなり。他人の賢者は、丘陵なり、猶お踰ゆ可きなり。仲尼は、日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷らんや。多だ其の量を知らざるを見るなり。」
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『韓非子』説疑第四十四此の如きの臣は、昏亂の主に當ると雖も尚ほ功を致す可し。況や顯明の主に於いてをや。此れを霸王の佐と謂うなり。
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尚書・太甲下慮らずんば胡ぞ獲、為さずんば胡ぞ成らん。
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『韓非子』和氏第十三楚、呉起を用いずして削亂し、秦、商君の法を行いて富強なり。二子の言なるや巳に當れり。