長短経 / 七雄略
〔樂毅獻書燕王曰、「比目之魚、不相得則不能行、故古者稱之、以其合兩而如一也。今山東不能合弱而如一、是山東之智不如魚也。又譬如軍士之引車也、三人不能行、索二人、五人而車因行矣。今山東三國弱而不能敵秦、索二國、因能勝秦矣。然而山東不知相索、則智固不如軍士矣。胡與越人、言語不相知、志意不相通、同舟而渡波、至其相救助如一。今山東之相與也、如同舟而濟、秦之兵至、不能相救助如一、智又不如胡越之人矣。三物者、人之所能為一山東主遂不悟、此臣之所為山東苦也、願大王熟慮之。今韓、梁、趙三國已合矣。秦見三晉之堅也、必南伐楚。趙見秦之伐楚、必北攻燕。物固有勢異而患同者、秦久伐韓、故中山民今秦之伐楚、燕必亡。臣竊為大王計、不如以兵南合三晉、約戍韓、梁之西邉山東不能為此、此必皆亡矣。」燕果以兵南合三晉。
新字:〔楽毅献書燕王曰、「比目之魚、不相得則不能行、故古者称之、以其合両而如一也。今山東不能合弱而如一、是山東之智不如魚也。又譬如軍士之引車也、三人不能行、索二人、五人而車因行矣。今山東三国弱而不能敵秦、索二国、因能勝秦矣。然而山東不知相索、則智固不如軍士矣。胡与越人、言語不相知、志意不相通、同舟而渡波、至其相救助如一。今山東之相与也、如同舟而済、秦之兵至、不能相救助如一、智又不如胡越之人矣。三物者、人之所能為一山東主遂不悟、此臣之所為山東苦也、願大王熟慮之。今韓、梁、趙三国已合矣。秦見三晋之堅也、必南伐楚。趙見秦之伐楚、必北攻燕。物固有勢異而患同者、秦久伐韓、故中山民今秦之伐楚、燕必亡。臣窃為大王計、不如以兵南合三晋、約戍韓、梁之西邉山東不能為此、此必皆亡矣。」燕果以兵南合三晋。
書き下し
〈楽毅、書を燕王に献じて曰く「比目の魚は、相い得ざれば則ち行く能わず。故に古者之を称す。其の両を合して一の如きを以てなり。今、山東、弱を合して一の如くする能わず。是れ山東の智、魚に如かざるなり。又た譬えば軍士の車を引くがごとし。三人にして行く能わず、二人を索めて、五人にして車、因りて行く。今、山東の三国、弱くして秦に敵する能わず。二国を索むれば、因りて能く秦に勝たん。然り而して山東、相い索むるを知らざれば、則ち智、固より軍士に如かざるなり。胡と越人と、言語相い知らず、志意相い通ぜず。舟を同じくして波を渡れば、其の相い救助するに至ること一の如し。今、山東の相い与にするや、舟を同じくして済るが如し。秦の兵至るも、相い救助すること一の如くする能わず。智、又た胡越の人に如かざるなり。三物は、人の能く為す所なり。山東の主、遂に悟らず。此れ臣の山東の為に苦しむ所なり。願わくは大王、熟ら之を慮れ。今、韓・梁・趙の三国、已に合せり。秦、三晋の堅きを見れば、必ず南のかた楚を伐たん。趙、秦の楚を伐つを見れば、必ず北のかた燕を攻めん。物に固より勢い異にして患いを同じくする者有り。秦、久しく韓を伐つ。故に中山の民、今、秦の楚を伐たば、燕必ず亡びん。臣、竊かに大王の為に計るに、兵を以て南のかた三晋に合し、韓・梁の西辺を戍らんことを約するに如かず。山東、此を為す能わずんば、此れ必ず皆な亡びん」と。燕、果たして兵を以て南のかた三晋に合す。
現代語訳
〈楽毅が燕王に書を献じた。「比目の魚は互いを得なければ泳げない。だから昔からこれを称える。二つが合わさって一つのようだからである。いま山東の国々は弱い者同士が合わさって一つになれない。山東の知恵は魚に及ばない。また車を引く兵にたとえよう。三人では動かず、二人を足して五人になれば車は動く。いま山東の三国は弱くて秦に敵わない。二国を足せば秦に勝てる。それなのに山東が互いに求め合うことを知らないなら、知恵はもともと車を引く兵に及ばない。胡と越の人は言葉が通じず、志も通じない。同じ舟で波を渡れば、互いに救い合うことは一つのようになる。いま山東が互いに関わるのは、同じ舟で渡るようなものだ。秦の兵が来ても、一つになって救い合えない。知恵は胡越の人にも及ばない。この三つは人にできることである。山東の主はついに悟らない。これが私が山東のために苦しむところである。いま韓・梁・趙の三国はすでに結んだ。秦は三晋の堅さを見て、必ず南の楚を伐つ。趙は秦が楚を伐つのを見て、必ず北の燕を攻める。物事には勢いが違っても患いが同じものがある。秦は長く韓を伐ってきた。いま秦が楚を伐てば、燕は必ず滅びる。私がひそかに大王のために計るに、兵を南へ出して三晋と合わせ、韓と梁の西の辺境を守ると約束するに越したことはない。山東がこれをできなければ、必ずみな滅びる」。燕は果たして兵を南へ出して三晋と合わせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・或獻書燕王或るひと書を燕王に献じて曰く、「王にして自ら恃む能わずんば、卑名を悪まずして以て強に事えよ。強に事うれば以て国を安んじて長久ならしむべし、万世の善計なり。強に事うるを以て万世の為にすべからずんば、則ち弱を合するに如かず。将た柰何せん、弱を合して一の如くなる能わざる、此れ臣の山東の為に苦しむ所なり。 「比目の魚は、相得ざれば則ち行く能わず。故に古の人之を称するは、其の両を合して一の如くなるを以てなり。今山東弱を合して一の如くなる能わず、是れ山東の知魚に如かざるなり。又譬えば車士の車を引くがごとし、三人にては行く能わず、二人を索めて、五人にして車因りて行く。今山東の三国弱くして秦に敵する能わず、二国を索めば、因りて秦に勝つべし。然れども山東相い索むるを知らず、智固より車士に如かざるなり。胡と越人と、言語相知らず、志意相通ぜざるも、舟を同じくして波を凌ぐに至りては、其の相い救助すること一の如し。今山東の相い与にするや、舟を同じくして済るが如し、秦の兵至るも、相い救助すること一の如くなる能わず、智又胡・越の人に如かず。三物は、人の能く為す所なるに、山東の主遂に悟らず、此れ臣の山東の為に苦しむ所なり。願わくは大王の之を熟慮せんことを。 「山東相い合すれば、之が主たる者は名を卑しめず、之が国たる者は長く存すべく、之が卒たる者は士を出だして以て韓・梁の西辺を戍らん、此れ燕の上計なり。急に此を為さずんば、国必ず危うく、主必ず大いに憂えん。今韓・梁・趙三国以て合せり、秦三晋の堅きを見れば、必ず南のかた楚を伐たん。趙秦の楚を伐つを見れば、必ず北のかた燕を攻めん。物固より勢異にして患い同じき者有り。秦久しく韓を伐てば、故に中山亡べり。今久しく楚を伐たば、燕必ず亡びん。臣窃かに王が為に計るに、兵を以て南のかた三晋に合し、約して韓・梁の西辺を戍るに如かず。山東堅く此を為す能わずんば、此れ必ず皆亡びん」と。燕果して兵を以て南のかた三晋に合せり。
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戦国策・謂趙王曰三晉合而秦弱趙王に謂いて曰く、「三晉合すれば秦弱く、三晉離るれば秦强し、此れ天下の明らかにする所なり。秦の燕有りて趙を伐ち、趙有りて燕を伐つ、梁有りて趙を伐ち、趙有りて梁を伐つ、楚有りて韓を伐ち、韓有りて楚を伐つ、此れ天下の明らかに見る所なり。然るに山東其の路を易うる能わざるは、兵弱ければなり。弱くして相壹する能わず、是れ何ぞ楚の知にして、山東の愚かなるや。是れ臣の山東の爲に憂うる所なり。虎將に禽に即かんとするに、禽虎の己に即くを知らずして、相鬬いて兩つながら罷れ、其の死を虎に歸す。故に禽をして虎の己に即くを知らしめば、決して相鬬わじ。今山東の主秦の己に即くを知らずして、尚お相鬬いて兩つながら敝れ、其の國を秦に歸す、知禽に如かざること遠し。願わくは王熟ら之を慮れ。「今事急にす可き者有り、秦の韓・梁を伐たんと欲する、東のかた周室を闚うこと甚だし、惟だ寐ねても之を亡さんとす。今南のかた楚を攻むる者は、三晉の大いに合するを惡めばなり。今楚を攻めて休みて復た之にす、已に五年なり、地を攘うこと千餘里。今楚王に謂いて曰く、『苟くも來りて玉趾を舉げて寡人に見えば、必ず楚と兄弟の國と爲り、必ず楚の爲に韓・梁を攻め、楚の故地を反さん。』と。楚王秦の語を美とし、韓・梁の己を救わざるを怒り、必ず秦に入らん。謀有りて故に使いを趙に殺し、燕を以て趙に餌し、三晉を離す。今王秦の言を美とし、燕を攻めんと欲す、燕を攻むれば、食未だ飽かずして禍已に及ばん。楚王秦に入らば、秦・楚一と爲り、東面して韓を攻めん。韓南に楚無く、北に趙無く、韓伐たるるを待たず、馬兔を割挈して西走せん。秦韓と上交を爲さば、秦の禍安くにか梁に移らん。秦の彊を以て、楚・韓の用有らば、梁伐たるるを待たじ。馬兔を割挈して西走せば、秦梁と上交を爲さば、秦の禍案じて趙に攘らん。彊秦の韓・梁・楚を有つを以て、燕の怒りと與に、割くこと必ず深からん。國の此れを舉ぐる、臣の來たる所以なり。臣故に曰う、事急に爲す可き者有りと。「楚王の未だ入らざるに及びて、三晉相親しみ相堅くし、銳師を出だして以て韓・梁の西邊を戍らば、楚王之を聞き、必ず秦に入らじ、秦必ず怒りて循た楚を攻めん、是れ秦の禍楚を離れざるなり、三晉に便あり。若し楚王入らば、秦三晉の大いに合して堅きを見て、必ず楚王を出ださず、即ち多く割かん、是れ秦の禍楚を離れざるなり、三晉に利有り。願わくは王之を熟計すること急なれ。」趙王因りて兵を起こし南のかた韓・梁の西邊を戍る。秦三晉の堅きを見るや、果たして楚王卬を出ださずして、多く地を求む。
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『長短経』七雄略臣聞く、明主は疑いを絶ち讒を去り、流言の迹を屏け、朋党の門を塞ぐ。故に尊主強兵の臣、忠を前に陳ぶるを得たり。故に竊かに大王の為に計るに、韓・魏・斉・楚・燕を一にして従親し、以て秦に叛くに若くは莫し。天下の将相を合わせ、洹水の上に会し、質を通じ、白馬を刑して盟わん。約して曰く、秦、楚を攻めば、斉・魏は各々鋭師を出して以て之を佐け、韓は其の糧道を絶ち、趙は河・漳を渉り、燕は常山の北を守る。秦、韓・魏を攻めば、則ち楚は其の後を絶ち、斉は鋭師を出して以て之を佐け、趙は河・漳を渉り、燕は雲中を守る。秦、斉を攻めば、則ち楚は其の後を絶ち、韓は成皋を守り、魏は其の糧道を塞ぎ、趙は河・漳・博関を渉り、燕は鋭師を出して以て之を佐く。秦、燕を攻めば、則ち趙は常山を守り、楚は武関に軍し、斉は渤海を渉り〈今の滄州なり。〉韓・魏は皆な鋭師を出して以て之を佐く。秦、趙を攻めば、則ち韓は宜陽に軍し、楚は武関に軍し、魏は河外に軍し、斉は清河を渉り〈今の貝州なり。〉燕は鋭師を出して以て之を佐く。諸侯に約の如くせざる者有らば、五国の兵を以て共に之を伐たん。六国、従親して以て秦を賓とせば、則ち秦甲は必ず敢えて函谷に出でて、以て山東を害せざらん。此くの如くんば則ち覇王の業成らん」と。趙王曰く「善し」と。
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