長短経 / 七雄略
曹元首曰、「先王知獨理之不能久、故與人共理之、知獨守之不能固、故與人共守之。兼親疎而兩用、參同異而並進。輕重足以相鎮、親疎足以相衛。兼并路塞、逆節不生也。」陸士衡曰、「夫為人不如厚己、利物不如圖身、安上在乎悦下、為己存乎利人。夫然則南面之君、各矜其治、九服之人、知有定主。上之子愛、於是乎生、下之體信、於是乎結。世治足以敦風、道衰足以禦暴。强毅之國不能擅一時之勢、雄俊之人無以寄霸王之志。」葢三代所以直道、四王所以垂業。夫興衰隆替理所固冇教之廢興、存乎其人。愿法期於必凉明道有時而闇故世及之制、弊於强禦、厚下之典、漏於末折。浸弱之釁、遘自三季、陵夷之禍、終於「七雄」。所謂「末大必折、尾大難掉」、此建侯之弊也。〕
新字:曹元首曰、「先王知独理之不能久、故与人共理之、知独守之不能固、故与人共守之。兼親疎而両用、参同異而並進。軽重足以相鎮、親疎足以相衛。兼并路塞、逆節不生也。」陸士衡曰、「夫為人不如厚己、利物不如図身、安上在乎悦下、為己存乎利人。夫然則南面之君、各矜其治、九服之人、知有定主。上之子愛、於是乎生、下之体信、於是乎結。世治足以敦風、道衰足以禦暴。強毅之国不能擅一時之勢、雄俊之人無以寄覇王之志。」葢三代所以直道、四王所以垂業。夫興衰隆替理所固冇教之廃興、存乎其人。愿法期於必凉明道有時而闇故世及之制、弊於強禦、厚下之典、漏於末折。浸弱之釁、遘自三季、陵夷之禍、終於「七雄」。所謂「末大必折、尾大難掉」、此建侯之弊也。〕
書き下し
曹元首曰く「先王、独り理むるの久しかる能わざるを知る。故に人と共に之を理む。独り守るの固かる能わざるを知る。故に人と共に之を守る。親疎を兼ねて両つながら用い、同異を参じて並びに進む。軽重は以て相い鎮するに足り、親疎は以て相い衛るに足る。兼并の路塞がり、逆節生ぜざるなり」と。陸士衡曰く「夫れ人の為にするは己を厚くするに如かず、物を利するは身を図るに如かず。上を安んずるは下を悦ばすに在り、己が為にするは人を利するに存す。夫れ然らば則ち南面の君、各々其の治を矜り、九服の人、定主有るを知る。上の子愛、是に於て生じ、下の体信、是に於て結ぶ。世治まれば以て風を敦くするに足り、道衰うれば以て暴を禦ぐに足る。強毅の国も一時の勢いを擅にする能わず、雄俊の人も以て覇王の志を寄する無し」と。蓋し三代の直道たる所以、四王の業を垂るる所以なり。夫れ興衰隆替は理の固より有る所、教えの廃興は、其の人に存す。願法は必ず涼えんことを期し、明道は時有りて闇し。故に世及の制は、強禦に弊れ、下を厚くするの典は、末折に漏る。浸弱の釁は三季より遘り、陵夷の禍は七雄に終わる。所謂末大なれば必ず折れ、尾大なれば掉い難しとは、此れ建侯の弊なり。〉
現代語訳
曹元首はこう言った。「先王は一人で治めることが長続きしないと知っていた。だから人とともに治めた。一人で守ることが固くないと知っていた。だから人とともに守った。親しい者と疎い者を両方用い、同じ者と違う者を混ぜてともに進ませる。軽重は互いに抑え合うに足り、親疎は互いに守り合うに足る。併呑の道が塞がり、逆らう心が生じない」。陸機はこう言った。「人のためにすることは自分を厚くすることに及ばず、物を利することは自分を図ることに及ばない。上を安んじるのは下を喜ばせることにあり、自分のためにすることは人を利することにある。そうであれば南面する君はそれぞれ自分の治世を誇り、天下の民は定まった主がいると知る。上の慈しみはここから生まれ、下の誠実はここで結ばれる。世が治まれば風俗を厚くするに足り、道が衰えれば暴を防ぐに足る。強大な国も一時の勢いをほしいままにできず、雄々しい人も覇王の志を寄せる先がない」。これが三代の道がまっすぐだった理由であり、四人の王が事業を伝えた理由である。興衰と盛衰はもともと理としてあり、教えが廃れるか興るかは人による。望ましい法も必ず薄れ、明らかな道も時に暗くなる。だから世襲の制度は強者によって壊れ、下を厚くする制度は末端が折れることで漏れる。次第に弱くなる兆しは三代の末から生じ、衰えの禍は七雄に終わった。いわゆる末が大きければ必ず折れ、尾が大きければ振れないとは、諸侯を立てることの弊害である。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』七雄略臣聞く、天下は大器なり。群生は重蓄なり。器、大なれば以て独り理む可からず。蓄、重ければ以て自ら守る可からず。故に野を劃し疆を分かつは、侯を建つるに利ある所以なり。親疎相い鎮するは、盛衰に関わる所以なり。昔、周は二代に監み、爵を五等に立て、国を封ずること八百、同姓五十五。根を深くし本を固くし、抜く可からざるを為すなり。故に盛んなれば則ち周・召、其の治を相け、衰うれば則ち五覇、其の弱きを扶く。王室を夾輔し、厥の世を左右する所以なり。此れ三聖の法を制するの意なり。〈文・武・周公を三聖と為す。〉然れども下を厚くするの典は、尾大に弊る。
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『長短経』七雄略且つ要して之を言えば、五等の君は己の為に治を思い、郡県の長は利の為に物を図る。何を以て之を徴せん。蓋し企及進取は仕子の常志にして、己を修め民を安んずるは良士の希及する所なり。夫れ進取の情は鋭くして、安民の誉れは遅し。是の故に、百姓を侵して以て己を利するは、位に在る者の憚らざる所、実事を損じて以て名を養うは、官長の夙夜する所なり。君に卒歳の図無く、臣は一時の志を挟む。五等は則ち然らず。国は己の土たり、衆は皆我が民なるを知る。民安んずれば己其の利を受け、国傷つけば家其の病に嬰る。故に上は人欲を制して以て後に垂れ、後嗣は其の堂構を思う。上たる者は苟且の心無く、群下は膠固の義を思う。其をして並びに賢にして治に居らしめば、則ち功に厚薄有り。両愚にして乱に処らしめば、則ち過ちに深浅有り。然らば則ち八代の制を探るに、幾ど一理を以て貫くべく、秦漢の典は、殆ど一言を以て蔽うべきなり」と。〕
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『長短経』七雄略〔陸機曰く「或るひと以為えらく、諸侯は位を世にするも、必ずしも常に全からず。昏主暴君、時に迹を比ぶる有り。故に五等は多く乱るる所以なり。今の牧守は、皆庸を方べて進む。或いは之を失うと雖も、其の得ること固より多し。故に郡県は以て治を為し易しと。夫れ徳の休明なる、黜陟日に用いられ、長率連属、咸な其の職を述べ、而して淫昏の君は過ちを容るる所無し。何ぞ則ち其れ治まらざらんや。故に先代は之を以て興る有り。苟も或いは衰陵すれば、百度自ら悖る。官を鬻ぐの吏、貨を以て才を準ずれば、則ち貪残の萌、皆群后なり。安んぞ其れ乱れざらんや。故に後王は之を以て廃する有り。
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『長短経』七雄略魏の太祖武皇帝は、聖明の姿を躬にし、神武の略を兼ね、譙・沛に龍飛し、兗・豫に鳳翔す。五代の存亡を観るも、其の長策を用いず。前車の傾覆を覩るも、其の轍迹を改めず。子弟は空虚の地に王たり、君は使わざるの人なり。権は匹夫に均しく、勢は凡庶に斉し。内に深根不抜の固め無く、外に磐石宗盟の助け無し。社稷を安んじ、万世の業を為す所以に非ざるなり。且つ今の州牧郡守は、古の方伯諸侯なり。皆千里の土に跨有し、武軍の任を兼ね、或いは国を比ぶること数人、或いは兄弟並び拠る。而して宗室の子弟は、曽て一人の其の間に間廁して、与に相維持する無し。幹を強くし枝を弱くし、万一の慮りに備うる所以に非ざるなり。時に其の計を用いず、後遂に凌夷す。此れ周・秦・漢・魏の国を立つるの勢いなり。是を以て其の始終強弱の勢いを究めて、鑒戒を明らかにす。〔荀悦曰く「其の後遂に皆郡県もて人を治め、而して諸侯を絶つ。当時の制、亦た未だ必ずしも百王の治ならざるなり」と。〕
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『長短経』七雄略夫れ深根を伐つ者は功を為し難く、枯朽を摧く者は力を為し易し。今、五等は深根なる者なり。郡県は枯朽なる者なり。故に秦より以下、周・隋に迄るまで、神器を失う者は侵弱に非ず、天下を得る者は持久に非ず。国勢然るなり。嗚呼、郡県にして理むれば、則ち布衣の心を生じ、五等もて代を御すれば、則ち縦横の禍有り。故に知る、法なる者は皆弊有ることを。侯伯に乱るべきの符無く、郡県は理を致すの具に非ずと謂うに非ず。但だ経始には其の多福を図り、慮終には其の少禍を取る。故に五等を貴ぶのみ。聖人は其の此くの如きを知る。是を以て兢兢業業として、日に一日を慎み、徳を修めて以て之を鎮め、賢を択びて之を使う。徳修まり賢択ばるれば、黎元業を楽しむ。湯・武の聖有りと雖も、興る能わず。況んや布衣の細にして、敢えて偏袒して大呼せんや。察せざるべからず。
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『長短経』七雄略此れ縦横の起こる所なり。〈議に曰く、易に称す「先王、万国を建てて、諸侯に親しむ」と。孔子、春秋を作りて後世の法と為す。世卿を譏り、制を改めず、世侯なり。是に由りて之を観れば、諸侯の制は、従いて来たる所上し。荀悦曰く「諸侯を封建し、各々其の位を世にす。人を視ること子の如く、国を愛すること家の如くならしめんと欲す。賢卿大夫を置き、績を考えて黜陟し、分土有りて分人無からしむ。而して王者は其の一統を総べ、以て其の政を御す。故に其の国に暴を為す者有らば、則ち人叛く。人、下に叛かば、誅は上に加わる。是を以て利を計り害を思い、賞に勧み威を畏れ、各々其の力を競いて、乱心無し。天子、道を失えば則ち侯伯之を正し、王室微弱なれば則ち大国之を輔く。無道と雖も、天下に虐ならず。此れ天地の宜しきを輔相し、以て人を左右する所以の者なり」と。