長短経 / 七雄略
臣聞、天下大器也、羣生重蓄也。器大不可以獨理、蓄重不可以自守。故劃野分疆、所以利建侯也、親踈相鎮、所以關盛衰也。昔周監二代、立爵五等、封國八百、同姓五十五。深根固本、為不可拔者也。故盛則周、召相其治、衰則五霸扶其弱、所以夾輔王室、左右厥世、此三聖制法之意〔文、武、周公為三聖。〕然厚下之典、弊於尾大。
新字:臣聞、天下大器也、羣生重蓄也。器大不可以独理、蓄重不可以自守。故劃野分疆、所以利建侯也、親疎相鎮、所以関盛衰也。昔周監二代、立爵五等、封国八百、同姓五十五。深根固本、為不可抜者也。故盛則周、召相其治、衰則五覇扶其弱、所以夾輔王室、左右厥世、此三聖制法之意〔文、武、周公為三聖。〕然厚下之典、弊於尾大。
書き下し
臣聞く、天下は大器なり。群生は重蓄なり。器、大なれば以て独り理む可からず。蓄、重ければ以て自ら守る可からず。故に野を劃し疆を分かつは、侯を建つるに利ある所以なり。親疎相い鎮するは、盛衰に関わる所以なり。昔、周は二代に監み、爵を五等に立て、国を封ずること八百、同姓五十五。根を深くし本を固くし、抜く可からざるを為すなり。故に盛んなれば則ち周・召、其の治を相け、衰うれば則ち五覇、其の弱きを扶く。王室を夾輔し、厥の世を左右する所以なり。此れ三聖の法を制するの意なり。〈文・武・周公を三聖と為す。〉然れども下を厚くするの典は、尾大に弊る。
現代語訳
臣が聞くところでは、天下は大きな器である。民は重い蓄えである。器が大きければ一人では治められない。蓄えが重ければ自分だけでは守れない。だから野を区切り境を分けるのは、諸侯を立てるのに利があるからである。親しい者と疎い者が互いに抑え合うのは、盛衰に関わるからである。昔、周は夏と殷の二代に鑑みて、爵位を五等に定め、封じた国は八百、同姓が五十五あった。根を深くし本を固くして、抜けないようにしたのである。だから盛んなときは周公と召公がその政治を助け、衰えたときは五覇がその弱さを支えた。王室を両側から輔け、その世を左右するためである。これが三聖が法を定めた意図である。〈文王・武王・周公を三聖という。〉しかし下を厚くする制度は、尾が大きくなるという弊害を生んだ。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』魯問魯陽文君、将に鄭を攻めんとす。子墨子、聞きて之を止め、陽文君に謂いて曰く、「今、魯の四境の内をして、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、其の民を殺し、人、其の牛馬狗豕布帛米粟貨財を取らしめば、則ち何若」と。魯陽文君曰く、「魯の四境の内は、皆な寡人の臣なり。今、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、之が貨財を奪わば、則ち寡人、必ず将に厚く之を罰せんとす」と。子墨子曰く、「夫れ天の兼ねて天下を有つや、亦た猶お君の四境の内を有つがごときなり。今、兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとす。天の誅、其れ至らざらんや」と。魯陽文君曰く、「先生、我が鄭を攻むるを止むるか。我が鄭を攻むるは天の志に順う。鄭人、三世、其の父を殺す。天、誅を加えて、三年、登らざらしむ。我れ将に天の誅を助けんとす」と。子墨子曰く、「鄭人、三世、其の父を殺して、天、誅を加え、三年、登らざらしむ。天の誅、足れり。今、又た兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとして、曰く、『吾が鄭を攻むるや、天の志に順う』と。譬えば人、此に有り。其の子、强梁にして不材なり。故に其の父、之を笞つ。其の鄰家の父、木を舉げて之を擊ちて曰く、『吾れ之を擊つや、其の父の志に順う』と。則ち豈に悖らざらんや」と。
-
『呻吟語』外篇・治道・位以て其の惡を濟す政を為す者は、行ふを得れば即ち行ふの謂に非ず、行ふ可きに從ひて則ち行ふのみ。行ふを得るの勢ひ有りて、行ふ可きの理に昧ければ、是れ位以て其の惡を濟すなり。君子は之を賊と謂ふ。
-
『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・国は政府の私有にして人民は国の食客たるがごとしそもそもわが国の人民に気力なきその原因を尋ぬるに、数千百年の古より全国の権柄を政府の一手に握り、武備・文学より工業・商売に至るまで、人間些末の事務といえども政府の関わらざるものなく、人民はただ政府の嗾するところに向かいて奔走するのみ。あたかも国は政府の私有にして、人民は国の食客たるがごとし。すでに無宿の食客となりてわずかにこの国中に寄食するを得るものなれば、国を視ること逆旅のごとく、かつて深切の意を尽くすことなく、またその気力を見わすべき機会をも得ずして、ついに全国の気風を養いなしたるなり。
-
『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
-
『韓非子』外儲説右上第三十四其の下翎を断てば、則ち必ず人を恃みて食ふ、焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜ふも亦然り、
-
『墨子』尚賢上故に古者、聖王の政を為すや、徳を别ちて賢を尚び、農と工肆の人に在りと雖も、能有れば則ち之を舉げ、髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。曰く、「爵位髙からざれば則ち民敬わず、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜず、政令斷ぜざれば則ち民畏れず」と。三者を舉げて之を賢者に授くるは、賢の為に賜うに非ざるなり、其の事の成らんことを欲すればなり。故に是の時に當たりて、徳を以て列に就き、官を以て事に服し、勞を以て賞を殿し、功を量りて祿を分かつ。故に官に常の貴無く、民に終の賤無し。能有れば則ち之を舉げ、能無ければ則ち之を下す。公義を舉げ、私怨を辟く。此れ若の言の謂いなり。