長短経 / 覇図
單雄信曰、「以樂戰之兵當思歸之卒、食飽不敵、戰必剋矣。」祖君彦曰、「不可。夫師曲為老、師正為直、曲則為饑、直則為飽。世充挾隋室之威、不可為曲、主公以逆為名、不可為直。裴光祿之謀、一時之上也、主公之䇿、持乆之上也、單將軍之言滅亡之下也。夫物不兩大、勝無常資。故慶者在閭、弔者在門。誠恐乗於化及、必殆於世充。請案甲息兵、侯時觀釁、世充志大而體强、心勇而多悍、忸于自伐、必有異圖。
新字:単雄信曰、「以楽戦之兵当思帰之卒、食飽不敵、戦必剋矣。」祖君彦曰、「不可。夫師曲為老、師正為直、曲則為饑、直則為飽。世充挟隋室之威、不可為曲、主公以逆為名、不可為直。裴光禄之謀、一時之上也、主公之策、持久之上也、単将軍之言滅亡之下也。夫物不両大、勝無常資。故慶者在閭、弔者在門。誠恐乗於化及、必殆於世充。請案甲息兵、侯時観釁、世充志大而体強、心勇而多悍、忸于自伐、必有異図。
書き下し
単雄信曰く「戦いを楽しむの兵を以て帰るを思うの卒に当たる。食飽くとも敵せず。戦えば必ず克たん」と。祖君彦曰く「不可なり。夫れ師の曲なるを老と為し、師の正なるを直と為す。曲なれば則ち饑と為し、直なれば則ち飽と為す。世充は隋室の威を挟む。曲と為す可からず。主公は逆を以て名と為す。直と為す可からず。裴光禄の謀は、一時の上なり。主公の策は、持久の上なり。単将軍の言は、滅亡の下なり。夫れ物は両つながら大ならず、勝ちに常資無し。故に慶する者は閭に在り、弔する者は門に在り。誠に恐る、化及に乗じて、必ず世充に殆からんことを。請う、甲を案じ兵を息め、時を候ち釁を観よ。世充は志大にして体強く、心勇にして悍多し。自ら伐つに忸る。必ず異図有らん。
現代語訳
単雄信が言った。「戦いを楽しむ兵で、帰りたがっている兵に当たるのです。腹が満ちていても敵いません。戦えば必ず勝ちます」。祖君彦が言った。「いけません。軍が曲がっていれば老いるといい、正しければ直というのです。曲がっていれば飢え、正しければ満ちる。王世充は隋室の威を借りています。曲がっているとは言えない。主公は逆らうことを名としている。正しいとは言えない。裴仁基の謀は一時の策としては上です。主公の策は持久の策としては上です。単将軍の言葉は滅亡の下策です。物は二つとも大きくはなれず、勝ちに定まった元手はない。だから祝う者が村にいるとき、弔う者が門にいる。宇文化及に勝ったことで、王世充に危うくなることを恐れます。武具を収めて兵を休め、時を待って隙を見なさい。王世充は志が大きく体が強く、心は勇ましいが荒々しさが多い。自分を誇ることに慣れている。必ず別の企てを持つでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図密曰く「智なるかな」と。戦わざらんと欲す。王伯当・単雄信曰く「天下安楽にして、百姓事無ければ、文を耨り墨を采り、廟堂に従容たり。武は文に如かず。四海沸騰し、英雄競い起こり、帝を角し王を図り、氛祲を蕩清す。文は武に如かず。各々其の時有り。戻る可からざるなり。越王は淫虐の余なり。天、之を厭うこと久し。且つ天命は常ならず。能者、之に代わる。何の曲直か之れ有らん。請う、乱を定むるは武臣に属し、治を制するは文吏に属せよ。今日戦わずんば、大事去らん」と。密、遂に単雄信の策を用う。合戦して、密の師、敗績す。世充、勝ちに乗じて洛口に趨く。密の左長史邴元真、倉城を以て降る。密、武牢に奔るも、敢えて入らず。北のかた河を渡り、遂に唐に奔る。初め、王伯当と単雄信・徐世勣と、倶に密の将たり。軍中に号して三傑と為す。故に密、之を信じて大いに戦う。〉
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『長短経』覇図数年に盈たずして、禍将に作らんとす。然る後に順に仗りて挙げ、天に応じ人に順わん。嵩岳を城と為し、洛水を池と為し、武臣勁兵は外に経略し、文吏儒士は内に之を守る。孰れぞ一時の功を邀えて、万全の業を墜とすと。取らんと欲すれば、先ず之に与う。弱めんと欲すれば、必ず之を強くす。取らんと欲して与えずんば、必ず天咎を受く。弱めんとして強くせずんば、必ず天殃を受く。願わくは主公、始め之に与えて之を強くし、我、其の弊を承け、以て全を以て其の後を制せば、捷たざる無からん」と。
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『長短経』覇図李密、東都の慮り無く、鋭を尽くして化及を攻め、之を破る。密、化及を敗りてより、益々驕傲を以てす。越王、王世充に命じて密を撃たしむ。密、祖君彦の計を用いず、師、敗績す。遂に西のかた京師に奔る。尋いで叛を謀り、之を殺す。〈王世充の密を撃つや、密、郡寮を会して之を議す。裴仁基曰く「世充、今、鋭を悉くして至る。洛下は必ず空し。但だ其の要路を堅守し、東するを得しむる無からしめんのみ。鋭卒三万を以て河曲に循いて上り、東都に逼るを示さば、東都必ず急ならん。世充必ず救わん。其の洛に至るを待ちて、然る後に軍を還さん。此くの如くんば、吾に余力有り、彼は奔命に労せん。兵法に所謂『彼出づれば則ち帰り、彼帰れば則ち出づ。数しば戦いて以て之を疲れしめ、多方にして以て之を誤らしむ』なり」と。密曰く「公、其の一を知りて、其の二を知らず。今、世充の兵の当たる可からざる者に三有り。兵仗精鋭なる、一なり。計を決して深入する、二なり。食尽きて戦いを求むる、三なり。我、但だ城に乗じて固守し、力を蓄え時を待たば、彼は戦わんと欲するも得ず、走るを求むるも路無し。十日に盈たずして、世充の首、麾下に致す可し。諸君、以為えらく何如」と。
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『長短経』覇図越王曰く「之を若何せん」と。対えて曰く「三王の興るや、五伯の挙がるや、兵に由りて以て大業を成さざるは莫し。故に夏啓に甘野の師有り、斉桓は召陵の衆を起こす。皆な以て不庭を征討し、叛を伐ち慝を威すなり。今、天下土崩し、英雄競い起こる。陛下の腹心の患いと為る者は、夏・魏に過ぐるは莫し。夏、師を遣わして河を渉らば、則ち東都は陛下の地に非ず。魏、師を遣わして洛を踰えば、洛口の粟は、陛下の有する所に非ず。累卵の危うき、以て加うる無きなり。臣聞く、兵は正を以て合し、而して奇を以て勝つ、と。韓信の成安を斬りし所以、子房の秦を降せし所以なり。請う、精鋭の士二万人を選びて洛陽を守り、三万人もて河に循いて守り、以て夏の寇の来たるに備え、親ら大軍を率いて洛口に出で、魏の師を掩わん。魏の君臣、陛下、天より至ると謂い、倉卒の間、智者も計を為さざらん。李密既に滅びなば、則ち建徳は気を懾れ、辺疆を備え守らん。時を相て動かば、則ち文皇の業、修む可く、世祖の基、墜ちざらん」と。
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『長短経』覇図越王曰く「朕、新たに命を受く。人神未だ附かず。兵革屢しば興り、恐らくは士大夫、我に解体せん」と。守一曰く「陛下、累聖の資を以て、二祖の業を継ぐ。夏人の禹の徳を思い、復た少康を戴くが如く、漢室の劉宗を恋い、重ねて光武を尊ぶが如し。今を以て古に況うれば、彼に慙徳有り。況んや密に伐つ可きの勢い三有るをや。何となれば、始め密と翟譲と同に烏合の衆を起こす。大業已に就るや、密、乃ち譲を殺して其の位を奪う。士卒は初めて其の主を喪い、鬼神は新たに其の祀を失う。人神未だ附かず。一なり。
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『長短経』覇図六月、宇文化及、江都より彭城に至り、黎陽に拠り、許と称す。李密、大軍を率いて、清淇に壁す。敦煌の張守一、密の化及を拒ぐを聞き、越王に説きて以て討たしめんとす。越王、其の策を用いず、孟琮の計を用い、密と連和す。〈張守一、説きて曰く「臣聞く、鴻鵠の翮、未だ就らざるに、冲天の情、已に萌し、武豹の文、未だ備わらざるに、食牛の心、已に成る、と。今、陛下、全周の地に拠り、河を背にし洛に面し、帯甲十万、粟は数十年を支う。此れ覇王の資なり。翮の成り文の備わるを待つの勢いに非ざるなり。城を固めて自ら守り、済世を以て心と為さざるは、何ぞ夫の群蟻の一穴に嬰るに異ならんや。竊かに陛下の為に取らず」と。