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長短経 / 覇図

〔上曾夢見青衣兒謂曰、「去亦死、住亦死、不若乗船渡江水。」裴藴虞世基皆南人、賛成其事。將率不願南遷、将因㑹鴆之、南陽公主懼殺其婿、以謀告宇文士及。士及告其兄化及、遂反、執帝。帝曰、「吾何負于天地而至此乎?」馬文舉對曰、「臣聞、萬姓不可無主、故立君以撫之。是知一人養萬姓、非萬姓養一人。髙祖文皇帝粵有下國、丕隆大寳、除苛政、布恩徳。南伐强陳、北滅狡虜。二十餘年、河清海晏、既而棄世升遐。陛下即位、違逺社稷、委棄京師、巡逰行幸、畧無寧歲。

新字:〔上曽夢見青衣児謂曰、「去亦死、住亦死、不若乗船渡江水。」裴藴虞世基皆南人、賛成其事。将率不願南遷、将因会鴆之、南陽公主懼殺其婿、以謀告宇文士及。士及告其兄化及、遂反、執帝。帝曰、「吾何負于天地而至此乎?」馬文舉対曰、「臣聞、万姓不可無主、故立君以撫之。是知一人養万姓、非万姓養一人。高祖文皇帝粵有下国、丕隆大宝、除苛政、布恩徳。南伐強陳、北滅狡虜。二十余年、河清海晏、既而棄世升遐。陛下即位、違遠社稷、委棄京師、巡遊行幸、略無寧歳。

書き下し

〈上、曽て夢に青衣の児を見る。謂いて曰く「去るも亦た死し、住まるも亦た死す。船に乗じて江水を渡るに若かず」と。裴蘊・虞世基は皆な南人なり。其の事を賛成す。将率、南遷を願わず、将に会に因りて之を鴆せんとす。南陽公主、其の婿を殺すを懼れ、謀を以て宇文士及に告ぐ。士及、其の兄化及に告ぐ。遂に反して帝を執う。帝曰く「吾、何ぞ天地に負きて此に至るか」と。馬文挙、対えて曰く「臣聞く、万姓は主無かる可からず。故に君を立てて以て之を撫す、と。是れ知る、一人、万姓を養う。万姓、一人を養うに非ざるなり。高祖文皇帝、粤に下国を有ち、丕いに大宝を隆んにし、苛政を除き、恩徳を布く。南のかた強陳を伐ち、北のかた狡虜を滅ぼす。二十余年、河清く海晏らかなり。既にして世を棄てて升遐す。陛下即位し、社稷に違遠し、京師を委棄し、巡遊行幸して、略ぼ寧歳無し。

現代語訳

〈煬帝はかつて夢に青い衣の子どもを見た。「去っても死に、留まっても死ぬ。船に乗って長江を渡るに越したことはない」と言われた。裴蘊と虞世基はどちらも南の出身で、その計画に賛成した。将兵は南への移住を願わず、宴会にかこつけて毒殺しようとした。南陽公主は自分の婿が殺されるのを恐れ、計画を宇文士及に告げた。宇文士及は兄の化及に告げた。そして反乱して帝を捕らえた。帝は言った。「私が天地に何の背きがあってこうなったのか」。馬文挙が答えた。「臣が聞くところでは、万民に主がないわけにはいかない、だから君を立ててこれを安んじる、といいます。ここから分かるのは、一人が万民を養うのであって、万民が一人を養うのではないということです。高祖文皇帝は南の国を保ち、大いに帝位を盛んにし、苛政を除き、恩徳を広めた。南の強い陳を伐ち、北の狡い敵を滅ぼした。二十余年、黄河は澄み海は静かだった。やがて世を去った。陛下が即位すると、国家から遠ざかり、都を捨て、あちこち巡幸して、落ち着いた年がほとんどありませんでした。

解説

一人が万民を養うのであって、万民が一人を養うのではない。殺される直前の帝に、実行者が突きつけた原則です。役職とは、与えられる立場ではなく、果たす役目だという言い方でもあります。しかもその前に父の治世を二十余年の実績で示してから、比較に入る。何に背いたのかと問う帝に、具体的な数え上げで答えていきます。

この章句が説くこと

覇図煬帝馬文挙宇文化及君の役目江都

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