長短経 / 覇図
梁歸都據夏州、劉武周殺太原留守王恭、舉兵反。竇建徳自號夏王、朱粲自號楚王、劉元進據吴都。煬帝聞羣賊起、大懼、使馮慈明徴兵東都〔煬帝聞盜賊蜂起、召羣臣問之、皆曰、「此䑕竊狗偷、何足以憂。」侍御史韋徳裕曰、「今海内土崩、綱紀大壞、而内史侍郎虞世基、御史大夫裴藴等、阿媚陛下、隠秘不言。所謂積薪已燃、宗廟必不血食矣。《周書》曰、『綿綿不絶、將成江河。』陛下勿以諛言不以介意。」
新字:梁帰都拠夏州、劉武周殺太原留守王恭、舉兵反。竇建徳自号夏王、朱粲自号楚王、劉元進拠呉都。煬帝聞羣賊起、大懼、使馮慈明徴兵東都〔煬帝聞盗賊蜂起、召羣臣問之、皆曰、「此鼠窃狗偸、何足以憂。」侍御史韋徳裕曰、「今海内土崩、綱紀大壊、而内史侍郎虞世基、御史大夫裴藴等、阿媚陛下、隠秘不言。所謂積薪已燃、宗廟必不血食矣。《周書》曰、『綿綿不絶、将成江河。』陛下勿以諛言不以介意。」
書き下し
梁帰都、夏州に拠る。劉武周、太原留守王恭を殺し、兵を挙げて反す。竇建徳、自ら夏王と号し、朱粲、自ら楚王と号し、劉元進、呉都に拠る。煬帝、群賊の起こるを聞き、大いに懼れ、馮慈明をして兵を東都に徴せしむ。〈煬帝、盗賊蜂起するを聞き、群臣を召して之を問う。皆な曰く「此れ鼠窃狗偸なり。何ぞ以て憂うるに足らん」と。侍御史韋徳裕曰く「今、海内土崩し、綱紀大いに壊る。而るに内史侍郎虞世基、御史大夫裴蘊等、陛下に阿媚し、隠秘して言わず。所謂積薪已に燃ゆ。宗廟必ず血食せざらん。周書に曰く『綿綿として絶えざれば、将に江河と成らんとす』と。陛下、諛言を以て介意せざること勿かれ」と。
現代語訳
梁師都が夏州に拠った。劉武周が太原留守の王恭を殺して兵を挙げて反した。竇建徳は自ら夏王と号し、朱粲は自ら楚王と号し、劉元進は呉の都に拠った。煬帝は群賊が起こったと聞いて大いに恐れ、馮慈明に東都で兵を徴発させた。〈煬帝は盗賊が蜂起したと聞いて群臣を召して尋ねた。みな「鼠や犬のこそ泥です。憂えるには足りません」と言った。侍御史の韋徳裕が言った。「いま天下は土のように崩れ、綱紀は大いに壊れています。それなのに内史侍郎の虞世基や御史大夫の裴蘊らは陛下におもねり、隠して申し上げません。いわゆる積んだ薪がすでに燃えているのです。宗廟は必ず祀られなくなります。周書に『細々と続いて絶えなければ、やがて大河になる』とあります。陛下、へつらいの言葉を聞いて気に留めないということがないように」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
-
葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
-
葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
-
葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
-
荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
-
尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。