長短経 / 覇図
尋為魏軍所逼、城䧟見執、進土嚢而殞之、古老相傳云、「洲滿百、荆州出天子。」桓𤣥為荆州刺史、内懷逆意、乃遣鑿破一洲、以應百數。隨而崩破、竟無所成。宋文帝為宜都王、在藩、一洲自立。俄而文帝纂統。太清末、枝江揚誾浦生一洲。明年、而梁元帝立。氶聖末、其洲與大岸通也。〕江陵既䧟王僧辯、陳霸先等議立帝子方智〔是為敬皇帝、元帝第九子。、〕於江州奉迎至建業即位。禪位于陳。
新字:尋為魏軍所逼、城陥見執、進土嚢而殞之、古老相伝云、「洲満百、荆州出天子。」桓玄為荆州刺史、内懐逆意、乃遣鑿破一洲、以応百数。随而崩破、竟無所成。宋文帝為宜都王、在藩、一洲自立。俄而文帝纂統。太清末、枝江揚誾浦生一洲。明年、而梁元帝立。氶聖末、其洲与大岸通也。〕江陵既陥王僧弁、陳覇先等議立帝子方智〔是為敬皇帝、元帝第九子。、〕於江州奉迎至建業即位。禅位于陳。
書き下し
尋いで魏軍の逼る所と為り、城陥りて執えらる。土嚢を進めて之を殞す。古老相い伝えて云う「洲、百に満つれば、荊州に天子出づ」と。桓玄、荊州刺史と為り、内に逆意を懐く。乃ち遣わして一洲を鑿破し、以て百数に応ず。随いて崩破し、竟に成す所無し。宋の文帝、宜都王と為り、藩に在るに、一洲自ら立つ。俄かにして文帝、統を纂ぐ。太清の末、枝江揚誾浦に一洲を生ず。明年にして、梁の元帝立つ。承聖の末、其の洲、大岸と通ずるなり。〉江陵既に陥り、王僧弁・陳霸先等、議して帝の子方智を立つ。〈是を敬皇帝と為す。元帝の第九子なり。〉江州に於て奉迎して建業に至り、即位す。位を陳に禅る。
現代語訳
まもなく魏軍に迫られ、城が落ちて捕らえられた。土嚢を積んで殺した。古老が言い伝えている。「中洲が百に満ちれば、荊州から天子が出る」。桓玄は荊州刺史となり、内心で謀反を抱いていた。そこで人を遣わして一つの中洲を掘り崩し、百の数に合わせた。それに従って崩れ壊れ、ついに何も成らなかった。宋の文帝が宜都王として任地にいたとき、一つの中洲がひとりでにできた。まもなく文帝が統を継いだ。太清の末、枝江の揚誾浦に一つの中洲ができた。翌年、梁の元帝が立った。承聖の末、その中洲は岸と一続きになった。〉江陵が陥落し、王僧弁と陳霸先らが議して帝の子の方智を立てた。〈これが敬皇帝で、元帝の九男である。〉江州から迎えて建業に至り、即位した。位を陳に禅った。
解説
この章句が説くこと
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