長短経 / 覇図
長兄懿被害、帝起義〔召僚佐集於㕔事、告以舉兵、是日建牙。先是東昏以劉山陽為巴西太守、使過荆州就行事、蕭頴胄以襲襄陽、帝知其謀、乃遣王天武詣江陵、遍與州府人書、論軍事。天武既發、帝謂𢎞䇿曰、「今日坐收天下矣。荆州得天武至、必回惶無計、若不見同、取之如拾芥耳。斷三峽、據巴蜀、分兵定湘中、便全有上流。以此威聲、臨九派斷彭蠡、傳檄江南、風之靡草、不足比也。政小延引日月耳。江陵本憚襄陽人、加脣亡齒寒、必不孤立、寧得不見同耶?
新字:長兄懿被害、帝起義〔召僚佐集於㕔事、告以舉兵、是日建牙。先是東昏以劉山陽為巴西太守、使過荆州就行事、蕭頴胄以襲襄陽、帝知其謀、乃遣王天武詣江陵、遍与州府人書、論軍事。天武既発、帝謂弘策曰、「今日坐収天下矣。荆州得天武至、必回惶無計、若不見同、取之如拾芥耳。断三峡、拠巴蜀、分兵定湘中、便全有上流。以此威声、臨九派断彭蠡、伝檄江南、風之靡草、不足比也。政小延引日月耳。江陵本憚襄陽人、加脣亡歯寒、必不孤立、寧得不見同耶?
書き下し
長兄懿、害せられ、帝、義を起こす。〈僚佐を召して庁事に集め、告ぐるに兵を挙ぐるを以てす。是の日、牙を建つ。先に是れ、東昏、劉山陽を以て巴西太守と為し、荊州を過ぎて行事に就かしむ。蕭穎冑、以て襄陽を襲わしめんとす。帝、其の謀を知り、乃ち王天武を遣わして江陵に詣らしめ、遍く州府の人と書し、軍事を論ぜしむ。天武既に発す。帝、弘策に謂いて曰く「今日、坐して天下を収めん。荊州、天武の至るを得ば、必ず回惶して計無からん。若し同ぜられずんば、之を取ること芥を拾うが如きのみ。三峡を断ち、巴蜀に拠り、兵を分かちて湘中を定めば、便ち全く上流を有たん。此の威声を以て、九派に臨み彭蠡を断ち、檄を江南に伝えば、風の草を靡かすも、比ぶるに足らざるなり。政に小しく日月を延引するのみ。江陵は本と襄陽の人を憚る。加うるに唇亡び歯寒し。必ず孤立せざらん。寧んぞ同ぜられざるを得んや」と。
現代語訳
長兄の蕭懿が殺され、蕭衍は義兵を挙げた。〈僚属を呼んで庁舎に集め、挙兵を告げた。この日に旗を立てた。これより先、東昏侯は劉山陽を巴西太守とし、荊州を通って任地へ行かせた。蕭穎冑に襄陽を襲わせようとしたのである。蕭衍はその企みを知り、王天武を江陵へ遣わし、州府の人々にあまねく書状を送って軍事を論じさせた。王天武が出発した。蕭衍は王弘策に言った。「今日、座ったまま天下を収めよう。荊州は王天武が到着すれば、必ずうろたえて手がなくなる。もし同調しなければ、取るのは芥を拾うようなものだ。三峡を断ち、巴蜀に拠り、兵を分けて湘中を定めれば、上流を完全に保てる。この威名で九派に臨み彭蠡を断ち、檄を江南に伝えれば、風が草をなびかせるのも比べものにならない。少し日数が延びるだけだ。江陵はもともと襄陽の人を恐れている。そのうえ唇が亡びれば歯が寒い。孤立するはずがない。どうして同調しないでいられよう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図山陽、江安に至り、果たして疑うこと止まず。穎冑、乃ち天武を斬り、山陽に送る。之を信ず。荊州に至り、馳せて城に入る。将に閾を踰えんとするに、懸門、発して其の轅を折る。車を投じて走る。陳秀、戟を抜きて之を逐い、門外に斬る。穎冑、即ち馹使を遣わして首を帝に伝え、仍りて南康王を以て之を尊号し、議して来たり告げて曰く「時、利あらず。当に須らく来年二月を待つべし」と。帝、答えて曰く「今、坐甲十万、糧用日に竭く。若し兵を頓すること十旬ならば、必ず悔吝を生ぜん。且つ太白、西方に出づ。義に仗りて動く。天の時、人の謀、何の不利有らんや。昔、武王の紂を伐つや、行きて太歳に逆らう。復た来年を待つを須たんや」と。帝、従わず、乃ち赫然として大いに号するなり。〉
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『長短経』覇図荊・雍の兵を以て、東夏を掃定せば、韓・白重ねて出づるとも、計を為す能わず。況んや無算の昏主、御刀応勅の徒を役するをや」と。山陽の巴陵に至るに及び、帝、復た天武をして書を賫して穎冑兄弟に与えしむ。去りて後、帝、張弘策に謂いて曰く「兵を用うるの道は、心を攻むるを上と為し、城を攻むるを次と為す。心戦を上と為し、兵戦を次と為す。今日、是なり」と。近ごろ天武を遣わして州府に往かしむ。人は皆な書有り。今、只だ両封のみ有りて行事の兄弟に与う。云う、一々天武の口に具ると。天武に問うに及び、口に説く所無し。天武は是れ行事の心膂なり。彼れ聞かば、必ず行事の兄弟、共に其の事を隠すと謂わん。則ち人人疑いを生ぜん。山陽、衆口に惑い、判じて相い嫌貳せん。則ち行事、進退して以て自ら明らかにする無し。是れ両つの空函を馳せて、一州を定むるなり。
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『長短経』覇図戊申、帝、襄陽より発す。〈帝、弟を留めて襄陽城を守らしめ、謂いて曰く「当に心を襄陽の人の腹中に置き、誠を推して之を信ずべし。疑う勿かれ。天下一家にして、乃ち当に相い見ゆべし」と。〉郢・魯の諸城及び諸将、並びに降る。〈初め、東昏、皆な呉子陽の十三軍を遣わして郢州を救わしめ、進みて巴口に拠る。帝、王茂に命じて師を潜めて加湖を襲わしむ。子陽竄走し、衆は尽く江に溺る。郢・魯の二城、相い視て気を奪わる。先に是れ、東昏、陳伯之をして江州に鎮せしめ、子陽の声援と為す。帝、諸将に謂いて曰く「夫れ征討は必ずしも実力を須いず、威声を聴くのみ。今、加湖の敗、誰か讋服せざらん。陳武牙は即ち伯之の子なり。狼狽して奔り帰る。彼の人の情、当に凶懼すべし。我謂えらく九江は檄を伝えて定む可きなり」と。因りて命じて獲る所の俘囚を捜し、伯之の憧主蘇隆之を得たり。厚く賞賜を加え、命を致さしむ。魯山・郢城、並びに降る。伯之及び子武牙、帝の至るを見て、並びに甲を束ねて罪を請う。〉
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『長短経』覇図魏将王肅、司州を攻む。帝、之を破る。功を以て建康郡男に封ぜらる。斉の明帝崩じ、東昏即位す。遺詔して帝を以て都督、雍州刺史と為す。〈東昏の時、劉暄等六人、更々省内に直し、日を分かちて帖勅す。世に六貴と謂う。又た御刀等八人有り、号して八要と曰う。皆な口に王言を擅にし、権もて国憲を行う。帝、王弘策に謂いて曰く「政、多門より出づれば、乱、是れ階なり。当今、禍を避くるは、唯だ此の地有るのみ。勤めて仁義を行わば、坐して西伯と作る可し。但だ諸弟の都に在る、時患に罹らんことを恐るるなり。須らく益州と之を図るべきのみ」と。時に上の長兄懿、益州を罷め、還りて仍りて郢州の事を行う。帝、与に謀るも、従わず。懿、尋いで害せらるるなり。〉
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『長短経』覇図荊州刺史沈攸之、反す。帝、之を討つ。〈初め、攸之、太后の命と称し、已に都に下る。袁粲・劉秉等、帝の威名の日に盛んなるを見て、自ら安んぜず、攸之と通謀し、事を殿内に挙ぐ。帝、王敬則に命じて殿内に於て之を誅せしむ。〉位を進めて相国と為し、斉公に封じ、九錫を備う。〈策に曰く「朕、不造を以て、夙に旻凶に罹る。嗣君、徳を失い、書契未だ紀せず。五行を威侮し、九族を虔劉す。神は厭き霊は斁れ、海水群飛す。綴旒の殆きも、未だ譬うるに足らず。豈に直だ小宛の刺を興し、黍離の歌を作すのみならんや。天、皇宋を賛け、実に明宰を啓く。爰に寡昧に登り、大業を纂承す。高勲至徳、振古絶倫なり。保衡の殷を翼け、博陸の漢を匡すと雖も、斯に方ぶれば蔑如たるなり。今、将に公に典礼を授けんとす。其れ敬みて朕が命を聴け。乃者、袁・劉、禍を構え、実に繁く徒有り。子房、臣ならず、兵を称して乱に協す。宮掖を顧瞻するに、将に茂草を成さんとす。邦国を言念するに、翦ちて仇讐と為る。此の時に当たり、人に固き志無し。袂を投じて難に徇い、超然として奮発す。戎車に登りて路を戒め、金版を執りて先駆す。麾鉞一たび臨めば、凶党は氷のごとく泮く。此れ則ち覇業の基、勤王の始めなり。
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『長短経』覇図常侍を拝するに至る。明帝崩じ、遺詔して袁粲と共に機事を掌らしむ。江州刺史桂陽王休範、兵を挙げて反す。帝、討ちて之を平らぐ。〈初め、範の兵を挙ぐるや、朝廷惶駭す。帝と褚彦回と、中書省に集まりて計議す。言う者有る莫し。帝曰く「昔、上流の謀逆は、皆な淹緩に因りて敗る。休範、必ず遠く前失を懲り、軽兵もて急ぎ下り、吾が備え無きに乗ぜん。請う、新亭に頓して、以て其の鋒に当たらん」と。因りて筆を索めて議を下す。余も並びに注して同ず。乃ち単車白服にて新亭に出づ。塁を築くこと未だ畢わらざるに、賊騎交々至る。乃ち衣を解き高く臥して以て衆心を安んず。竟に之を破るなり。〉