長短経 / 覇図
以荆雍之兵、掃定東夏、韓白重出、不能為計、況以無算昏主、役御刀應勑之徒哉?」及山陽至巴陵、帝復令天武賫書與頴胄兄弟。去後、帝謂張𢎞䇿曰、「用兵之道、攻心為上、攻城次之、心戰為上、兵戰次之。今日是也。」近遣天武往州府、人皆有書、今只有兩封與行事兄弟云、一一具天武口。及問天武、口無所說。天武是行事心膂、彼聞、必謂行事兄弟共隠其事、則人人生疑。山陽惑於衆口、判相嫌貳、則行事進退無以自明、是馳兩空函、定一州也。
新字:以荆雍之兵、掃定東夏、韓白重出、不能為計、況以無算昏主、役御刀応勑之徒哉?」及山陽至巴陵、帝復令天武賫書与頴胄兄弟。去後、帝謂張弘策曰、「用兵之道、攻心為上、攻城次之、心戦為上、兵戦次之。今日是也。」近遣天武往州府、人皆有書、今只有両封与行事兄弟云、一一具天武口。及問天武、口無所説。天武是行事心膂、彼聞、必謂行事兄弟共隠其事、則人人生疑。山陽惑於衆口、判相嫌貳、則行事進退無以自明、是馳両空函、定一州也。
書き下し
荊・雍の兵を以て、東夏を掃定せば、韓・白重ねて出づるとも、計を為す能わず。況んや無算の昏主、御刀応勅の徒を役するをや」と。山陽の巴陵に至るに及び、帝、復た天武をして書を賫して穎冑兄弟に与えしむ。去りて後、帝、張弘策に謂いて曰く「兵を用うるの道は、心を攻むるを上と為し、城を攻むるを次と為す。心戦を上と為し、兵戦を次と為す。今日、是なり」と。近ごろ天武を遣わして州府に往かしむ。人は皆な書有り。今、只だ両封のみ有りて行事の兄弟に与う。云う、一々天武の口に具ると。天武に問うに及び、口に説く所無し。天武は是れ行事の心膂なり。彼れ聞かば、必ず行事の兄弟、共に其の事を隠すと謂わん。則ち人人疑いを生ぜん。山陽、衆口に惑い、判じて相い嫌貳せん。則ち行事、進退して以て自ら明らかにする無し。是れ両つの空函を馳せて、一州を定むるなり。
現代語訳
荊州と雍州の兵で東方を掃討すれば、韓信や白起が再び出てきても手の打ちようがない。まして計算のできない暗愚な君主が、御刀や勅に応じる連中を使っているのだからなおさらだ」。劉山陽が巴陵に着いたとき、蕭衍はまた王天武に書状を持たせて蕭穎冑兄弟に与えさせた。出発した後、蕭衍は張弘策に言った。「用兵の道は、心を攻めるのが上で、城を攻めるのが次だ。心の戦いが上で、兵の戦いが次だ。今日がそれだ」。先に王天武を州府へ行かせたときは、全員に書状があった。今度は二通だけを政務を執る兄弟に与えた。詳細は王天武が口で述べる、と書いた。王天武に尋ねても、口では何も言わない。王天武は政務を執る者の腹心である。そう聞けば、必ず兄弟が二人でその件を隠していると思うだろう。すると人々が疑いを抱く。劉山陽は人々の口に惑わされ、判断して疑い合うようになる。そうなれば兄弟は進むも退くも自分の潔白を示せない。これが二通の空の手紙を走らせて、一州を定めるということだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図山陽、江安に至り、果たして疑うこと止まず。穎冑、乃ち天武を斬り、山陽に送る。之を信ず。荊州に至り、馳せて城に入る。将に閾を踰えんとするに、懸門、発して其の轅を折る。車を投じて走る。陳秀、戟を抜きて之を逐い、門外に斬る。穎冑、即ち馹使を遣わして首を帝に伝え、仍りて南康王を以て之を尊号し、議して来たり告げて曰く「時、利あらず。当に須らく来年二月を待つべし」と。帝、答えて曰く「今、坐甲十万、糧用日に竭く。若し兵を頓すること十旬ならば、必ず悔吝を生ぜん。且つ太白、西方に出づ。義に仗りて動く。天の時、人の謀、何の不利有らんや。昔、武王の紂を伐つや、行きて太歳に逆らう。復た来年を待つを須たんや」と。帝、従わず、乃ち赫然として大いに号するなり。〉
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『長短経』覇図且つ両雄は倶には立たず。楚漢久しく相い持して決せず、百姓騒動し、海内蕩揺す。農夫は耒を釈き、工女は機を下る。天下の心、未だ定まる所有らず。願わくは足下、急ぎ復た兵を進め、滎陽を収め、敖倉の粟に拠り、成皋の険を塞ぎ、太行の路を杜ぎ、飛狐の口を拒ぎ、白馬の津を守り、以て諸侯に実を効し形制の勢いを示さば、則ち天下、帰する所を知らん。
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