長短経 / 覇図
且兩雄不俱立、楚漢久相持不決、百姓騷動、海内蕩揺、農夫釋耒、工女下機、天下之心未有所定。願足下急復進兵、収榮陽、據敖倉之粟、塞成臯之險、杜太行之路、拒飛狐之口、守白馬之津、以示諸侯効實形制之勢、則天下知所歸矣。
新字:且両雄不倶立、楚漢久相持不決、百姓騷動、海内蕩揺、農夫釈耒、工女下機、天下之心未有所定。願足下急復進兵、収栄陽、拠敖倉之粟、塞成皋之険、杜太行之路、拒飛狐之口、守白馬之津、以示諸侯効実形制之勢、則天下知所帰矣。
書き下し
且つ両雄は倶には立たず。楚漢久しく相い持して決せず、百姓騒動し、海内蕩揺す。農夫は耒を釈き、工女は機を下る。天下の心、未だ定まる所有らず。願わくは足下、急ぎ復た兵を進め、滎陽を収め、敖倉の粟に拠り、成皋の険を塞ぎ、太行の路を杜ぎ、飛狐の口を拒ぎ、白馬の津を守り、以て諸侯に実を効し形制の勢いを示さば、則ち天下、帰する所を知らん。
現代語訳
そもそも二人の英雄は並び立ちません。楚と漢が長く対峙して決着せず、民は騒ぎ、天下は揺れています。農夫は鋤を置き、機織りの女は機から下りている。天下の心はまだ定まっていない。どうかあなたは急いでまた兵を進め、滎陽を収め、敖倉の穀物に拠り、成皋の険を塞ぎ、太行の路を閉ざし、飛狐の口を防ぎ、白馬の渡しを守り、諸侯に実質と地形の押さえを示しなさい。そうすれば天下は帰する先を知るでしょう。
解説
天下の心がまだ定まっていない、という状況判断が出発点です。どちらにつくか決めかねている人たちは、旗印ではなく、どちらが実際に要所を押さえているかを見ている。だから五つの地名を挙げて、そこを全部押さえろと言います。決めかねている人を動かすのは弁舌ではなく、目に見える形勢でした。実を効す、という言葉が重い。
この章句が説くこと
覇図酈食其両雄要所形勢実
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