長短経 / 覇図
至拜常侍。明帝崩、遺詔使與袁粲共掌機事。江州刺史桂陽王休範舉兵反、帝討平之〔初、範舉兵、朝廷惶駭。帝與禇彦回、集中書省計議、莫有言者。帝曰、「昔上流謀逆、皆因淹緩以敗。休範必逺懲前失、輕兵急下、乗吾無備、請頓新亭、以當其鋒。」因索筆下議、餘並注同。乃單車白服出新亭、築壘未畢、賊騎交至、乃解衣髙卧以安衆心、竟破之也。〕
新字:至拝常侍。明帝崩、遺詔使与袁粲共掌機事。江州刺史桂陽王休範舉兵反、帝討平之〔初、範舉兵、朝廷惶駭。帝与禇彦回、集中書省計議、莫有言者。帝曰、「昔上流謀逆、皆因淹緩以敗。休範必遠懲前失、軽兵急下、乗吾無備、請頓新亭、以当其鋒。」因索筆下議、余並注同。乃単車白服出新亭、築塁未畢、賊騎交至、乃解衣高臥以安衆心、竟破之也。〕
書き下し
常侍を拝するに至る。明帝崩じ、遺詔して袁粲と共に機事を掌らしむ。江州刺史桂陽王休範、兵を挙げて反す。帝、討ちて之を平らぐ。〈初め、範の兵を挙ぐるや、朝廷惶駭す。帝と褚彦回と、中書省に集まりて計議す。言う者有る莫し。帝曰く「昔、上流の謀逆は、皆な淹緩に因りて敗る。休範、必ず遠く前失を懲り、軽兵もて急ぎ下り、吾が備え無きに乗ぜん。請う、新亭に頓して、以て其の鋒に当たらん」と。因りて筆を索めて議を下す。余も並びに注して同ず。乃ち単車白服にて新亭に出づ。塁を築くこと未だ畢わらざるに、賊騎交々至る。乃ち衣を解き高く臥して以て衆心を安んず。竟に之を破るなり。〉
現代語訳
常侍に任じられた。明帝が崩じ、遺詔によって袁粲とともに機密の政務を掌った。江州刺史の桂陽王休範が兵を挙げて反した。蕭道成は討って平らげた。〈はじめ、休範が兵を挙げたとき、朝廷は恐れ慌てた。蕭道成と褚彦回が中書省に集まって協議した。誰も発言する者がなかった。蕭道成は言った。「昔、上流からの謀反は、みなぐずぐずして失敗した。休範は必ず過去の失敗を戒めて、軽装の兵で急いで下り、こちらの備えのないところを突く。新亭に陣を置いて、その矛先に当たりたい」。そこで筆を求めて意見を書いた。他の者もみな同意と書き添えた。そして一台の車と白い平服で新亭へ出た。塁を築き終わらないうちに、敵の騎兵が次々と来た。そこで衣を解いて高々と横になり、人々の心を落ち着かせた。ついにこれを破った。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図斉の太祖高皇帝、諱は道成、姓は蕭氏、東海蘭陵の人なり。輔国将軍と為る。宋の明帝の初め、会稽太守尋陽王子房及び東に在る諸郡、兵を起こす。徐州刺史薛安都、彭城に拠りて魏に帰し、従子の索児を遣わして淮陰を攻めしむ。晋安王勛、臨川内史張淹を遣わして鄱陽の道より三呉に入らしむ。帝、並びに之を討ち平らげ、淮陰に鎮せしむ。七年、徴して都に還る。〈宋の明帝、帝の人臣の相に非ざるを嫌う。而して人間に帝を天子と為すと流言す。愈々以て疑いを為す。帝、初め徴せらるるを見て、部下、徴に就く勿かれと勧む。帝曰く「主上、自ら諸弟を誅するは、太子の幼弱なるが為に、万歳の後の計を作すなり。何ぞ他族に関せんや。唯だ応に速やかに発すべし。緩くんば当に疑わるべし。骨肉相い残するは、自ら霊長の運に非ず。禍難方に興る。卿等と力を戮せん」と。〉
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『長短経』覇図桂陽、衆を負み、軽がるしく九鼎を問う。冠を裂き冕を毀ち、本を抜き源を塞ぐ。烈火は王城に焚け、飛矢は君屋に集まる。群后憂惶し、元戎に主無し。公、剣を挺き神を凝らせば、則ち奇謀は不世なり。旄を把りて指麾すれば、則ち懦夫も勇を成す。信宿の間に、宣陽底定す。此れ又た公の功なり。蒼梧、虐を肆にし、諸夏糜沸す。淫刑もて以て逞しくし、誰か則ち辜無からん。黔首相い悲しみ、朝に夕を謀らず。高祖の業、已に淪み、文明の軌、誰か嗣がん。公、遠く殷漢の義を稽え、近く魏晋の典に遵い、猥りに眇身を以て、入りて宗社を奉ず。七廟清謐し、九区政に反る。此れ又た公の功なり。
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『長短経』覇図荊州刺史沈攸之、反す。帝、之を討つ。〈初め、攸之、太后の命と称し、已に都に下る。袁粲・劉秉等、帝の威名の日に盛んなるを見て、自ら安んぜず、攸之と通謀し、事を殿内に挙ぐ。帝、王敬則に命じて殿内に於て之を誅せしむ。〉位を進めて相国と為し、斉公に封じ、九錫を備う。〈策に曰く「朕、不造を以て、夙に旻凶に罹る。嗣君、徳を失い、書契未だ紀せず。五行を威侮し、九族を虔劉す。神は厭き霊は斁れ、海水群飛す。綴旒の殆きも、未だ譬うるに足らず。豈に直だ小宛の刺を興し、黍離の歌を作すのみならんや。天、皇宋を賛け、実に明宰を啓く。爰に寡昧に登り、大業を纂承す。高勲至徳、振古絶倫なり。保衡の殷を翼け、博陸の漢を匡すと雖も、斯に方ぶれば蔑如たるなり。今、将に公に典礼を授けんとす。其れ敬みて朕が命を聴け。乃者、袁・劉、禍を構え、実に繁く徒有り。子房、臣ならず、兵を称して乱に協す。宮掖を顧瞻するに、将に茂草を成さんとす。邦国を言念するに、翦ちて仇讐と為る。此の時に当たり、人に固き志無し。袂を投じて難に徇い、超然として奮発す。戎車に登りて路を戒め、金版を執りて先駆す。麾鉞一たび臨めば、凶党は氷のごとく泮く。此れ則ち覇業の基、勤王の始めなり。
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『長短経』覇図魏将王肅、司州を攻む。帝、之を破る。功を以て建康郡男に封ぜらる。斉の明帝崩じ、東昏即位す。遺詔して帝を以て都督、雍州刺史と為す。〈東昏の時、劉暄等六人、更々省内に直し、日を分かちて帖勅す。世に六貴と謂う。又た御刀等八人有り、号して八要と曰う。皆な口に王言を擅にし、権もて国憲を行う。帝、王弘策に謂いて曰く「政、多門より出づれば、乱、是れ階なり。当今、禍を避くるは、唯だ此の地有るのみ。勤めて仁義を行わば、坐して西伯と作る可し。但だ諸弟の都に在る、時患に罹らんことを恐るるなり。須らく益州と之を図るべきのみ」と。時に上の長兄懿、益州を罷め、還りて仍りて郢州の事を行う。帝、与に謀るも、従わず。懿、尋いで害せらるるなり。〉
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『長短経』覇図張淹、迷昧にして、本朝を顧みず。爰に南区より、志は東夏を図る。潜軍にして間に入り、竊かに不虞を覬う。時に於て江服未だ夷らかならず、皇途薦りに阻まる。公、忠義奮発し、険に在りて弥々亮らかなり。寡を以て衆を制し、向かう所風のごとく偃す。朝廷に東顧の憂い無く、閩越に来蘇の望み有り。此れ又た公の功なり。匈奴、野心あり、疆場を侵掠す。醜羯、侜張し、勢いは彭泗に振るう。公、辞を奉じて罪を伐ち、旦を戒めて晨に征す。兵車始めて交わり、氛祲時に蕩う。死を弔い傷を扶け、皇沢を弘宣す。我が淮淝をして、復た盛化に沾わしむ。此れ又た公の功なり。
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『長短経』覇図長兄懿、害せられ、帝、義を起こす。〈僚佐を召して庁事に集め、告ぐるに兵を挙ぐるを以てす。是の日、牙を建つ。先に是れ、東昏、劉山陽を以て巴西太守と為し、荊州を過ぎて行事に就かしむ。蕭穎冑、以て襄陽を襲わしめんとす。帝、其の謀を知り、乃ち王天武を遣わして江陵に詣らしめ、遍く州府の人と書し、軍事を論ぜしむ。天武既に発す。帝、弘策に謂いて曰く「今日、坐して天下を収めん。荊州、天武の至るを得ば、必ず回惶して計無からん。若し同ぜられずんば、之を取ること芥を拾うが如きのみ。三峡を断ち、巴蜀に拠り、兵を分かちて湘中を定めば、便ち全く上流を有たん。此の威声を以て、九派に臨み彭蠡を断ち、檄を江南に伝えば、風の草を靡かすも、比ぶるに足らざるなり。政に小しく日月を延引するのみ。江陵は本と襄陽の人を憚る。加うるに唇亡び歯寒し。必ず孤立せざらん。寧んぞ同ぜられざるを得んや」と。