長短経 / 覇図
〔先是、文惠太子與才人共賦七言詩、句後輒云愁、和帝是騐矣。東昏侯宫裏作散叛髻、反根向後。東昏時、天下散叛矣。又立帽、騫其口而舒兩翅、名曰、「鳳渡三橋」。裂裙向後、總而結之、名曰、「反縛黄鸝」。梁武宅在三橋、而鳳渡之。鳳翔之騐也。黄鸝者、皇離也而反縛之、東昏戮死之應也。先是、百姓及朝士以帛填胷名曰、「假兩假者、非正名也。儲兩而假之、明不得真也。東昏誅、子廢為庶人、假兩之意也。〕
新字:〔先是、文恵太子与才人共賦七言詩、句後輒云愁、和帝是騐矣。東昏侯宮裏作散叛髻、反根向後。東昏時、天下散叛矣。又立帽、騫其口而舒両翅、名曰、「鳳渡三橋」。裂裙向後、総而結之、名曰、「反縛黄鸝」。梁武宅在三橋、而鳳渡之。鳳翔之騐也。黄鸝者、皇離也而反縛之、東昏戮死之応也。先是、百姓及朝士以帛填胸名曰、「仮両仮者、非正名也。儲両而仮之、明不得真也。東昏誅、子廃為庶人、仮両之意也。〕
書き下し
〈先に是れ、文恵太子と才人と共に七言詩を賦す。句の後、輒ち愁と云う。和帝、是れ験なり。東昏侯の宮裏に散叛髻を作る。根を反して後に向かう。東昏の時、天下散叛す。又た帽を立て、其の口を騫げて両翅を舒ぶ。名づけて曰く「鳳、三橋を渡る」と。裙を裂きて後に向かい、総べて之を結ぶ。名づけて曰く「反縛黄鸝」と。梁武の宅は三橋に在り。而して鳳、之を渡る。鳳翔の験なり。黄鸝なる者は、皇離なり。而るに之を反縛す。東昏の戮死するの応なり。先に是れ、百姓及び朝士、帛を以て胸に填つ。名づけて曰く「假両」と。假なる者は、正名に非ざるなり。両を儲えて之を假る。真を得ざるを明らかにするなり。東昏誅せられ、子は廃して庶人と為る。假両の意なり。〉
現代語訳
〈これより先、文恵太子が才人とともに七言詩を作った。句の後に必ず愁と言った。和帝がその験である。東昏侯の宮中で散叛髻という髪型が作られた。根を反らせて後ろへ向ける。東昏侯の時代に天下は散り叛いた。また帽子を立て、その口を広げて両翼を伸ばした形を作り、鳳が三橋を渡るという名をつけた。裙を裂いて後ろへ向け、まとめて結んだ形を、反縛黄鸝という名にした。梁の武帝の屋敷は三橋にあった。そして鳳がそこを渡る。鳳が翔ぶ験である。黄鸝とは皇離のことで、それを後ろ手に縛る。東昏侯が誅殺される応である。これより先、民も朝廷の士も、帛を胸に詰めた。假両と名づけた。假とは正しい名ではないことである。二つ蓄えてそれを借りる。真を得られないことを明らかにしている。東昏侯が誅され、子は廃されて庶人となった。假両の意である。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図壬午、帝、石頭に鎮し、衆軍に命じて六門を囲ましむ。衛尉張稷、東昏を斬り、黄油もて首を裏みて軍に送る。〈帝、呂僧珍に命じて兵を勒して府庫を封ぜしむ。及び図籍もて潘妃を収め、之を誅す。宮女二千人を以て分かちて将士に賚うなり。〉京邑を平らげ、斉の和帝、位を以て梁に禅る。帝、即位す。斉の司徒侯景、十三州を以て内属す。侯景、反す。京師に至り、帝を幽して崩ず。〈天監中、釈宝誌、詩を為りて曰く「昔年三十八、今年八十三、四中復た四有り、城北の火酣酣たり」と。帝、封じて之を記す。帝、三十八にして建業に克ち、八十三にして火災に遇う。元年四月十四日、同泰寺の火災なり。皆な其の言の如し。此れ之を謂うなり。〉
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『長短経』覇図仁寿四年に至り、洛陽に終わる。〈先に是れ、蔣山の衆鳥、翼を鼓し膺を撫して曰く「奈何ぞ帝、奈何ぞ帝」と。後主の東宮に在る時、鳥有り一足にして、其の殿庭に集まり、觜を以て地を画して文を成す。曰く「独足、高台に上る。盛草、化して灰と為る。吾が家の処を知らんと欲せば、朱関、当に水に開くべし」と。解する者以為えらく、独足は後主の独り行きて衆無きを言い、盛草は荒穢を言う。隋は火運を承く。火を得て灰と為る。京師に至るに及び、都水台に家す。所謂高台、水に当たるなり。会稽の人史溥有り。曽て朱衣を着けたる人、武冠して天より下るを夢む。手を以て金牌を執る。溥、往きて看るに、上の文に曰く「陳氏五主、三十四年」と。陳亡ぶ。果たして夢の如し。梁末の童謡に曰く「憐れむ可し巴馬の子、一日に千里を行く。馬上の郎を見ずして、但だ黄塵の起こるを見る。黄塵、人の衣を汚す。皂莢、相い料理す」と。僧弁滅び、群臣、謡言を以て奏す。言う、僧弁、本と巴馬に乗じて侯景を撃つと。馬上の郎は、王の字なり。塵は陳を謂うなり。而して皂莢の謂いを解せず。既にして陳、隋に滅ぶ。説く者以為えらく、江東は羯羊の角を以て皂莢と為す。隋氏の姓は楊なり。楊は羊なり。終に隋に滅ぶを言うなり。北斉の末、諸省の官、多く省主と称す。主、将に省みられんとするなり。則ち興亡の兆し、尽く徴有りと云う。〉
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『長短経』覇図尋いで魏軍の逼る所と為り、城陥りて執えらる。土嚢を進めて之を殞す。古老相い伝えて云う「洲、百に満つれば、荊州に天子出づ」と。桓玄、荊州刺史と為り、内に逆意を懐く。乃ち遣わして一洲を鑿破し、以て百数に応ず。随いて崩破し、竟に成す所無し。宋の文帝、宜都王と為り、藩に在るに、一洲自ら立つ。俄かにして文帝、統を纂ぐ。太清の末、枝江揚誾浦に一洲を生ず。明年にして、梁の元帝立つ。承聖の末、其の洲、大岸と通ずるなり。〉江陵既に陥り、王僧弁・陳霸先等、議して帝の子方智を立つ。〈是を敬皇帝と為す。元帝の第九子なり。〉江州に於て奉迎して建業に至り、即位す。位を陳に禅る。
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『長短経』覇図侯景、武帝の太子綱を立てて帝と為す。又た景の殺す所と為る。〈追尊して太宗簡文皇帝と為すなり。〉湘東王繹、荊州に於て、王僧弁等をして侯景を平らげしめ、首を江陵に伝う。〈僧弁等、進むを勧めて曰く、軍衆、今月戊子を以て建康に総集し、武旅を分勒し、百道同に趨く。轟然として大いに潰え、群凶四つながら滅ぶ。伏して惟うに陛下、痛を咀み哀を茹らい、憤を嬰き酷を忍ぶ。紫庭絳闕より、胡塵四つながら起こり、掖垣好畤、冀馬雲のごとし。豺狼路に当たること、一人に止まらず。鯨鯢梟せられざること、五載を経たり。天威既に振るい、冤恥並びに雪ぐ。百司岳牧、仰ぎて宸鑒を祈る。咸な錫珪の功を以て、既に有道に帰す。当璧の礼、允に聖明に属す。而るに優詔謙冲にして、杳然として凝邈たり。飛龍躋る可くして、乾の爻は四に在り。帝閽云に叫びて、閶閤未だ開かず。謳歌再び馳せ、是を用て首を翹ぐ。豈に久しく群議に稽り、彝則を曠しくする有る可けんや」と。〉
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『長短経』覇図漕は河洛に通じ、江淮を控引す。丁壮は労苦に倦み、老弱は転餉に疲る。高熲・賀若弼は、先朝の重臣にして、勲徳倶に茂し。薛道衡は、英華、世に冠たり、経綸の才あり。咸な非辜を被り、卒に夷戮に遭う。賢哲の士は退き、諂佞の子は昇る。又た頻年に遼を討ち、征役息まず。行く者は返らず、国用空虚なり。白骨は原野に被い、肝胆は草沢に塗る。悠悠たる冤魂、上帝に謂う有り。将に手を人に假らんとす。雁門に在るに及び、辱を戎虜に取る。重囲既に解け、理として須らく寧息すべし。方に更に呉越に巡遊し、江上に翺翔す。頭会箕斂して以て行楽に供す。士卒に短褐無く、後宮は羅綺に厭く。士卒に糟糠無く、犬馬は粟肉を賤しむ。甲冑に蟣虱を生じ、戎馬は鞍を解かず。諫めを拒み非を飾り、駕を反す心無し。遂に九県をして瓜のごとく分かれ、八紘をして幅のごとく裂けしむ。天下の富、四海の貴を以て、一旦にして之を棄つ。猶お罪無しと曰う。臣、竊かに陛下の為に之を羞ず」と。乃ち黙然たり。之を縊り殺す。〉
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『長短経』覇図崩じ、太子賾を立つ。〈是を世祖武皇帝と為すなり。〉崩じ、太孫昭業を立つ。〈是を鬱林王と為す。即位して無道なり。武帝の梓宮、渚に下る。帝、端門の内に於て辞を奉ず。輼輬車、裁かに閣に入るや、即ち湖伎を奏す。高宗、之を殺す。〉崩じ、弟昭文を立つ。〈廃して海陵王と為すなり。〉廃し、西昌侯鸞を立つ。〈是を高宗明皇帝と為す。始安貞王道生の子なり。即位して亟しば誅戮を行う。且つ疾に寝ぬること年を経たり。預め梓宮の故地の為に、高武の諸子を掃地して余す無きなり。〉崩じ、太子宝巻を立つ。〈是を東昏侯と為す。即位して凶暴なり。金花を以て地に帖り、潘妃をして其の上を行かしめて曰く「此れ歩歩に蓮花を生ずるなり」と。又た宮中に於て市を為し、自ら市吏と為り、潘妃を以て市令と為す。義師至り、左右の殺す所と為る。〉崩じ、和帝宝融を立つ。〈明帝の第八子なり。〉位を以て梁に禅る。